This is my essay.







 まあ、これは変わったお店としか、言いようがない。店の内装と出てくるお酒がドイツそのものなのに、食べ物は大阪寿司のみ、ところがお値段は一流、それにお持ち帰り客よりも店内で食べる客優先というポリシーがあるのであるから、全くおかしなお店があるものである。もっとも、それに入って食べてくるわれわれ夫婦のような客も、相当珍しいともいえる。どちらもどちらだ。この客にして、こういう店あり、というところか。

 きっかけは、神楽坂に行こうという家内の一言である。もう何年もその近辺には行っていないので、それではということで昼食でも摂りにと、軽い気持ちで出かけた。飯田橋駅前のこの坂、改めて登ってみると結構な傾斜があり、これでは年をとったりするときついなぁと思う。ただ、両脇の店は、われわれ中年の気を引くのに十分な魅力があり、昔なつかしいおもちゃ、プラスチックの原色のものが並んでいたり、吉野の葛などというもの、骨董品の店まである。時代の趨勢で、もう昔のような花町としての神楽坂は、近頃では完全に崩壊したそうだが、しかし、われわれの年代にはこういうお店はまだまだ魅力的である。

 ちょうど、巣鴨が「お婆ちゃんの原宿」だとしたら、ここは「中年の原宿だね」というと、家内は、「そうね。そういえば、去年行ってみた巣鴨に、傷痍軍人がいたのにはびっくりしたわね」などという。確かに、白衣を着てアコーディオンを「チャララーチャララー」と鳴らしていた傷痍軍人がこの時代にいたのには、びっくりした。それも商店街の街角にいたのだから、まったくもって、時代錯誤もいいところである。

 それはともかく、神楽坂をそうやってキョロキョロしながら登っていった。めざすところは、家内が料理の本で見たことがあるという、大阪寿司の店である。坂を上りつめて、やや先を左に曲がる。そうしたところ、フランスやイタリアの国旗に囲まれた小さな一角があって、どうやらそのうちの一つのお店らしい。大坂寿司「大〆」とある。ここだ。大阪寿司

 ドアを開けて店に入ると、そこは寿司屋というには場違いな、まるでフランス料理店のような感じである。ヨーロッパ風のテーブルと家具、壁にはあちらの風景画、人物画、ポスターなど手当たりしだいに飾ってある。テーブルの上には、陶器製の呼び鈴まである。しかし、もってくるメニューは、やはりお寿司ばかり。日本酒はないが、ドイツ原産のワインはあるという、妙な組み合わせである。寿司にワインが合うのかなと思いつつ、ちょっと試してみようと白ワインを合わせて頼んだ。

 待つことしばし。大阪寿司とやらがやってきて、これが実に美しい色と形をしている。食べるのがもったいないくらいである。口にほおばると、とろけるような感じで、寿司特有の塩気や酢が感じられない。まったくもって、まるで抵抗なく食べられる味なのである。江戸前の寿司とは、ぜーんぜん別のものらしい。だいたい、醤油が見当たらない。どうやら、そのまま食べろということのようである。

 創業は明治43年。宮内庁御用達で、先代か先々代が大のドイツかぶれだったらしくて、また寿司へのこだわりが強かったらしい。それでこんな組み合わせができたとか。


 新宿区神楽坂6−8  Tel.3260−2568
 月曜と月一で日曜休み。午前11時から午後4時頃まで

(平成15年 2月17日著)




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