悠々人生のエッセイ








 土曜日の朝、ふと目が覚めてゆっくりと起きあがった。冬にしては、寒さが緩んでいて、起き抜けがとても気持ちよい。じっくり新聞を読み、遅い朝食を摂った。家内がテレビを付けると、NHKで「世界らん展」というものをやっていた。近くの東京ドームである。うたい文句は、「進化する美の神秘、洋蘭・東洋蘭・日本の蘭が集う美の競演 東京ドームの美の祭典」とある。いささか大げさなという気がしたが、森英恵さんがデザインしたという胡蝶蘭で作った大きな蝶が写っていた。「いいなあ」と思うと、家内と目が合い、どちらともなく「ニコッ」とした。行こうという合図である。そのままの格好でデジカメを持った。家内が「森英恵さんとまた会うんでしょ。だめよその格好は」などとよけいなことをいう。確かに、数年前にはいささかお付き合いがあったのは事実であるが、「もう、あちらは全く忘れているよ」と言って、よれよれのセーターにダッフル・コートを着込んだ。

 東京ドームは、たいへんな盛況であった。主催:世界らん展日本大賞実行委員会(読売新聞、NHK、世界らん展組織委員会)とある。中に入ってみると、あの広い観客席に大勢の人が座っていて、この人たちはどうやら休んでいるようである。それをかき分けて下に降りていく。入口の横には、その森英恵さん作の大きな蝶がある。写真撮影はご自由にという展示会なので、そこここで写真が撮られている。私もまずその蝶の前で、家内を撮った。ふだんは、「女性と花とを並べて撮るのはよくない」というご主張の方であるが、この日はいとも簡単にモデルになってくれた。

 会場の真ん中に、ひときわ目立つタワーのようなものがあって、そこに優秀賞を取った蘭が大げさに飾ってある。その回りには黒山の人だかりである。時計回りに回れなどと言っている。その人の渦に巻き込まれてタワーを一周した。いやまあ、これほど美しいものかと思うばかりの蘭が並んでいた。われわれは蘭といえば、シンガポールのチャンギ空港で買う紫と白の組合せのような蘭、あるいは胡蝶蘭を思い浮かべるが、どうしてどうして、本当にいろいろな種類の蘭があるのである。黄色に赤の斑点がまぶしてある蜘蛛の巣のようなもの、周囲の黄色と真ん中の赤の取り合わせが美しいもの、黄色い星のようなもの・・・まあ、ともかく次の写真を見ていただきたい。これでは、虜になる人が出てもおかしくないと思った。




 昔、東南アジアのとある国に駐在していた日航の支店長が、突然退職して蘭の栽培を始めたという。駐在している日本人の間では、「せっかくのポストを投げうってしまって、もったいない」という話がもっぱらだったというが、おそらくこの蘭の魅力に誘われたのだろう。また、私の知人の年輩の方が、自宅で蘭の栽培に凝りに凝って、温室やら何やらで結構な物いりだと、その奥様がこぼしておられた。

 年をとると、花が美しく見えるようになるというのは、経験的にそうだと確信している。かくいう私も、ほんの10年ほど前までは、花などにはまったくといっていいほど関心がなかったのである。ところがこの数年は、まあ、下町に引っ越してきたということもあるが、季節の花に目が行くのである。2月の梅、4月の桜、5月の躑躅と薔薇、6月の紫陽花、7月の朝顔、10月の菊と、きれいだなと心から思うようになった。

 この蘭の大会がよかったものだから、翌日、知人で私より15歳ほど年上の退職した人に会ったとき、この出品作の美しさを力説し、一見の価値は十分にあるといった。そうしたところこの人は、「私はまだ生きている人間の美の方がいい」といったのには、びっくりした。まだまだ、枯れていないのである。それでは、私はいったい何なのだろうか。




(平成13年 3月 1日著)
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2001年世界らん展(写 真)


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