1.令和6年の憲法記念日(2024年5月3日)の朝7時からのNHK番組「おはよう日本」で、夫婦別姓問題が取り上げられた。この件で、NHKから私にインタビューをさせてほしいとの依頼があったので、快諾して2時間余りのインタビューを受けた。
ところが蓋を開けてみると、その本番では、時間がないせいか私の説明が大幅にカットされた上に、同時に取り上げられた櫻井龍子元判事の考え方との対比があまりにも強調されてしまっていた。 まあ、NHKの編集権の範囲内と言えばそれまでのことだが、あまりにもあっけなかったことから、念のため、その時に申し上げた私の考え方を記録しておきたい。 2.戦前の民法(1898年・明治31年)は家制度を前提としていたから、妻は夫の氏を名乗ることになっていた。ところが、戦後に日本国憲法が制定された時、法の下の平等や両性の平等(14条、24条)の観点から問題となり、1947年(昭和22年)に民法改正が行われた。 その結果、今の民法は、結婚時に夫の姓(法律的には「氏」。以下同じ。)か妻の姓かのいずれかを選べるようにして、平等を担保しようとした。 ところが、95%以上が夫の姓を名乗り、実質的に戦前と変わらなかった。これはもう、慣習といってよい。それでも、女性は働いても結婚して寿退社して、夫の姓に変えるという専業主婦が大半の時代だったので、全く問題にならなかった。 3.しかしながら、男女雇用機会均等法が1985年(昭和60年)に制定され、女性の社会進出が進むと、いわゆる職業を持つ女性が多く輩出されてきた。 このような女性は、自分の本来の姓で社会的に認識されて立派な仕事をしているのに、結婚して夫の姓を名乗ると、それまで旧姓に基づいて築き上げてきた個人の信用や評価などの「目に見えない資産」が一旦なくなって、いわゆるアイデンティティを喪失しこれをまた一から作り上げないといけない上に、パスポートや運転免許証の書換えなどで日常生活上の不便を強いられる。 そこで、人によっては事実婚をしたり、同じカップルで離婚と結婚を繰り返したりということまで行うこともある。 4.政府では、このような事態を解消すべく、法務大臣が法制審議会に諮問して選択的夫婦別氏を認めるべく、1996年(平成8年)と2010年(平成22年)の二度にわたって法案を作成しようとした(その経緯は、こちら(PDF))。 ところが、いずれも与党から待ったが掛かり、法案を国会に提出することが、今日まで叶わないということになった。ちなみに私自身は、この法案には大賛成である。 5.そこで、憲法の法の下の平等や両性の平等違反などで救済を求めようとして、訴訟が3度にわたり提起されている。 私も、最高裁判事として2015年(平成27年12月26日)の大法廷判決に関与した。その時の結論は上告棄却で、私もその多数意見を構成した。次は2021年(令和3年6月23日)の大法廷決定で、やはり同様の理由で抗告が棄却された。現在は第3次訴訟が提起されている。 6.私の考えは、結婚時の姓の選択が許されているので、法の下の平等は少なくとも担保されている。これが、今の制度が合憲と言えるポイントだと考えている。 アイデンティティの再確立や運転免許証やパスポートその他で不便という主張がある。確かにその通りだが、これらの問題は、いくらでも代替手段があることから、違憲判断までして是正すべきものとは思えない。 しかも、これらについては旧姓の併記が認められるようになり、また職場などで事実上、旧姓を名乗ることが一般化しつつあることから、不便さもある程度は解消されつつある。 7.裁判所の判断は、基本的には「違憲」か「合憲」かのいずれかである。一票の格差訴訟で「違憲状態」という言い方はあるが、あくまでもこれは例外である。 そうすると、オール・オア・ナッシングだから、このように「家族の姓はどうあるべきか、父と母の戸籍上の姓が違ってもよいのか」という根本的問題で国民の見解が分かれる中、そのような議論を飛ばして、これを裁判所が直ちに違憲判断をして良いものか、少なくとも私は迷うところである。 もちろん、裁判所は少数派の基本的人権を守るために必要とあれば違憲立法審査権を果敢に行使すべきと考えているが、本件の場合はそこまでの人権侵害や問題があるとは考えられない。 やはり、こうした案件は、主権者の意思を体現する国会で、賛成反対を大いに議論して、雌雄を決するべきものと思われる。先の平成27年判決で、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならない」とされているのは、そういう意味だと考えている。 8.ここからは元裁判官としてではなく、元行政官として申し上げれば、仮に今の民法の夫婦同一姓制度が違憲とされた場合、その直後から全国の戸籍事務が大混乱に陥ると思われる。 というのは、その判断の次の日から「旧姓を使いたい」という婚姻届や戸籍謄本の発行申請が殺到するものと思われるが、そもそも夫婦別姓の書式が決まっていない上にシステムも対応していないから、受理や発行が出来るはずがない。 やはりこういう案件は、法律をもってきっちりと計画し、その上で「〇月〇日から施行するので、それまでにシステムの修正や市町村職員の研修をこのように進めていこう」などの事前の緻密な準備が必要である。 9.選択的夫婦別性を実現するには、国会で政治過程を動かすしかない。 そのために、1997年(平成15年)制定の性同一性障害者特例法の時の制定の主役となった南野知恵子議員のような「強い味方になってくれる議員」に相談して、その方々と一緒に法の制定に向けて国会の内外で活動するという方法があると思う。 (令和6年5月3日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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