1.ネットを見ていると、こんな広告があった。「検索欄に『線虫くん』と入れてください。嗅覚に優れた『線虫』が、尿に含まれるがんのにおいを検知。ステージ1の早期がんにも反応。 世界初の線虫がん検査。サービス開始1年で15万人が受検、国内外で22の関連特許取得。 様々ながんのリスクを判定・全身一度に検査が可能」という。これを目にして、ああ、線虫がん検診が本当に始まったのだと思った。
2.確か、あれは4年前の日本経済新聞だった。「ヒロツバイオ、14億円調達」という題名で、こんな記事が書かれていた。引用させていただくと、「バイオ関連スタートアップのHIROTSUバイオサイエンス(ヒロツバイオ、東京・港)は、線虫を使ったがんの早期発見検査を2020年に実用化する。検査施設の開設や解析技術の自動化などに向け、臨床検査受託大手のみらかホールディングスなど8社から計14億円を調達。高い精度で尿からがんの有無を判定できる検査としての普及を目指す。
線虫は体長1ミリメートル程度の小型の生物でうなぎのような形をしている。嗅覚に優れ、尿の代謝物をかぎ分けることが可能。この性質を活用してがんの有無を判別する。
従来の血液検査などでは10%程度しか検知できない早期のがんも90%の精度で発見できるという。線虫は培養費用も安いため検査費用は1回8,000円程度を想定する。
ヒロツバイオはこのほど、みらかのほか、理化学機器販売大手のアズワンなど事業会社6社、銀行系ベンチャーキャピタル(VC)など2社から計14億円を調達。新たな分析センターの開設など事業の準備を進める」(2018年8月6日付け)とのこと。
この記事の頃は、線虫でそんなことができるのかと、私は半信半疑だった。ところが、更に1年後、やはり日本経済新聞で、こんな記事を目にした。「線虫でがん検診、12月最終試験 バイオ企業、来年実用化へ」という題名で、こう書かれていた。
「体長1ミリメートルほどの「線虫」と呼ばれる微生物を使って、1滴の尿からがんを発見する――。そんな異色の技術を開発したバイオスタートアップ企業のHIROTSUバイオサイエンス(ヒロツバイオ、東京・港)は福岡県久留米市などと連携し、2020年1月の実用化に向け最終的な運用試験を始める。
12月に同県の久留米市と小郡市の職員計120人ほどから尿を採取し、試験をする。広津崇亮社長は『自治体と連携することで、市民のがん検診への関心が高まれば』と期待する。
ヒロツバイオは犬より優れた嗅覚を持つ線虫ががん患者の尿に集まる特徴を生かし、がんの検査手法を開発した。がん患者約1,400人の検体を使った臨床研究では約85%の確率でがんと特定した。
1回あたりの費用も数千円程度に抑えることができるという。
国内のがん検診率は3割程度と諸外国と比べて低く、低コストで手軽な検査が検診率向上に寄与すると期待されている。初年度は25万人分の検査が可能で、既に約10万人分の検査が予定されている」(2019年10月3日付け)
3.そして、このたび実際に始まった実用化では、次の15種類のがんが判定できるそうだ。それも、ステージ1から、、、どころがステージ0でもOKというから、すごい。
【対象のがん】胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん、膵臓がん、肝臓がん、前立腺がん、食道がん、卵巣がん、胆管がん、胆のうがん、膀胱がん、腎臓がん、口腔・咽頭がん
その結果、例えば、膵臓がんは、これまでの検査ではステージ4にならないと分からなかったため、発見されたときにはもう手遅れということがしばしば起こっていた。5年相対生存率を見ると、がん平均が68.9%、胃がん75.4%、大腸がん76.8%、乳がん93.2%であるのに対し、膵臓がんは12.1%と、極めて低くなっている(全国がんセンター協議会・国立がん研究センター2021年11月10日発表)。だから、この線虫がん検診により、早期発見、早期治療ができるので、これが普及すると、その生存率は大きく上がるはずだし、そもそもがんによる死者の数も激減するに違いない。
4.反面、いくつか気になる点もないわけではない。
第1は、「早期のがんも90%の精度で発見できる」というが、そのデータに誤りはないか。これについては、発表を信ずるしかないが、特許をとっているというのであれば、公的スクリーニングがされているので、ベンチャーにありがちな「嘘」ではないのだろう。
第2は、検査の結果、もしクロ判定だったとしたら、それから15種類のどのガンかを診察してもらう必要がある。その間、焦燥や不安にかられるだろう。私と同年代の友人は、前立腺がんだと医者に言われて大いに焦ったそうだが、進行が遅いがんだから放置しておけば大丈夫ということで、ひとまず安心したという(現に、前立腺がんの5年相対生存率は、100.0%)。そういうクロ判定の時にどうするか、あらかじめ心構えをしておくことが重要だ。
第3に、既存の健康診断の体系と、どう住み分けするのだろう。私の場合、毎年、同じ病院で健康診断を行っている。半日コースで1回6万円である。これに、オプションで特定臓器のがん検診を組み合わせていて、毎年行っているのが胃内視鏡検査で2万円、数年に1回が大腸内視鏡検査で3万円(カプセルは12万円)などとなっている。私はしていないが、PET/CTがん検診に至っては13万円だ。
このうち、胃内視鏡検査は前日から絶食するくらいで大した負担にはならないが、大腸内視鏡検査はそれだけでなく、大腸内を空っぽにするために、予め数リットルの下剤を飲まされる。私は、これが嫌で嫌でたまらない。胃の方も、内視鏡検査に移行する前は、バリウムという金属を飲まされて、後の始末が大変だった。女性も、乳がん検診のときは乳房をマンモグラフィの機械に挟まれて、痛い思いをするという。
要は、既存のがん検診は、特定の臓器だけしかできないし、患者負担が重いし、価格も高いし、がんが進行してからでないと判定できない。それに比べて、線虫がん検診は、15種類のガンについて極めて早期の段階で判定できる。広告の通り「90%の精度で判定できる」という説明が仮に正しいとすれば、こんな既存の病院のがん検診など、全国民が受ける必要はない。この線虫がん検診でまず身体にがんがあるかどうかを判定して、それで、クロ判定が出た人だけ、病院のがん検診に行けばよいということになる。
5.ということで、私もやってみることにした。グーグルの検索窓に「線虫くん」と入れたら、N−NOSEのサイトがでてきた。HIROTUバイオサイエンスとあるから、間違いなくこれだ。
ステージによる5年生存率の比較表があった。なるほど、これは説得力がある。また、男性の場合、一般的な全身のがん検診は22万5千円なので、それに比べれば、線虫がん検診は1万3,800円と、格安だ、、、なになに、、、新聞記事では8,000円程度と言っていたのに、話が違うなぁ。まあ、良いか。
そこで、半年ごとに検査をコースに申し込むことにした。費用は1回当たり、1万3,800円である。クレジットカード決済だから、支払いは簡単だ。これから、病院での健康診断は、がんごとの検査はやめて、基本コース6万円だけにしようと思う。胃がんと大腸がんの検査はしないのだから、費用は同じようなものだ。
6.その3日後に検査キットが届いた。開いてみると、白い箱に色々と入っている。まずは、マイページ登録を行い、手順書を読む。指定の場所に持ち込むか、それとも検体を凍結させて自宅に取りに来てもらうのどちらかだそうだ。指定の場所とは、東京だと赤坂見附・永田町のニューオータニ・ガーデンコートだそうだから、我が家から20分で行ける。こちらにしよう。
提出には二つ条件がある。第一は、採尿後4時間以内に提出すること(付属の紺色の保冷剤に挟んで、銀色の保冷バッグに入れなければならない)。そうすると、明日提出するとして、保冷バッグを今から冷凍庫に入れておこう。
第二は、採尿は食後4時間以上開けること。その他、体調がすぐれない時とか、感染症にかかっている時などは避けるべしということだ。受付は、午前7時半から午後3時までだという。
これらの条件を総合すると、私の場合、朝の午前7時に採尿して、8時までに食事を済ませ、ひと休みする。それから朝のラッシュアワーを避けて10時頃から出掛けていくと、締切は午前11時だから、10時半までには赤坂見附に到着できるという計算だ。
7.さて、提出日の朝になった。検尿カップなるものを組み立て、それに入れた中間尿の検体をスポイトで取り、「チューブ」と称するプラスチックに入れる。そのチューブを紺色の保冷剤で挟んで、準備ができた。
千代田線の大手町で半蔵門線に乗り換えて永田町まで行き、7番口から地上に出て弁慶橋を渡る。橋のたもとに釣り堀があり、釣り客に舟に乗ってもらって釣りをさせている。それが、8月の猛暑で体温に近い気温だというのに、ジリジリと日差しが照りつける中、二人も舟の上に立ち上がって釣りをしている。池(実は江戸城のお濠)の中には、水草が繁茂している。その脇には首都高速道路が通っていて、車がビュンビュンと行き交うという、なかなかシュールな風景だった。
ニューオータニ・ガーデンコートに着いた。二階に上がるために階段を登っていくと、上がり口のすぐ前が、HIROTSUバイオサイエンスだ。入っていくと、受付には、女性が一人いるだけ。その人に、手渡しすると、検体のチューブを取り出して、脇の冷凍庫に入れてくれ、それで受付は終了した。結果の通知は約4週間後になるそうで、郵便とメール、そしてマイページで通知されるそうだ。何もないことを祈ろう。これから、半年ごとにこれをやるつもりだ。
(令和4年8月9日著)
(お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。)
|