悠々人生エッセイ



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     目  次
    プロローグ 
    東京から十和田湖へ 
    奥入瀬渓流を歩いて下る 
    (1)子ノ口から銚子大滝まで 
    (2)九段の滝 
    (3)雲井の滝 
    (4)阿修羅の流れ 
    (5)石 ヶ 戸 
    (6)盛 岡 駅 
    浄土ヶ浜へ行くも残念ながら雨 


 奥入瀬・浄土ヶ浜への旅( 写 真 )は、こちらから。


0.プロローグ

 新型コロナウイルスの第5波が日本列島で猖獗を極めていた8月頃、私は「1日当たりの患者数が25,992人(20日)となっては、これはダメだ。今年は海外どころか国内への旅行もできない。もう2年近く旅行をしていないのに、何ということだ」と思ってすっかり諦めていた。ところがどうしたことか、10月に入って感染者数がみるみるうちに減っていき、10月23日には東京都の感染者数は32人と、7日連続で50人を下回った。全国でも283人だ。しかも全国都道府県に出されていた緊急事態宣言は9月30日には解除された。

 ああ、これなら旅行に行けそうだ。今は秋なので、紅葉の写真を撮って来ようと思い立った。ただ、10月下旬では関西方面の紅葉には早すぎるので、東北ならどうだろうと思って、かねて秋に行きたかった奥入瀬渓流を選んだ。その帰りには三陸の震災遺構でも見学しようと思って調べてみた。

 そうすると、第1日の予定として奥入瀬には、まず東北新幹線で八戸まで一気に行ってそこからバスに乗り、十和田湖で下車して休屋で泊まる。翌朝、子ノ口から渓流を歩いて下ればよいとわかった。旅行ガイドには、その逆に八戸からバスで石ヶ戸に行ってそこから歩いて十和田湖まで登って行けば良いとあるが、それだと子ノ口到着の頃には日が暮れてしまって写真を撮ることができない。また、登りより下りの方が楽だ。

 第2日は、朝から夕方までかかって八戸に下り降りてから、東北新幹線で盛岡まで行ってそこに泊まる。第3日は、盛岡から宮古に行って三陸鉄道山田線で田老まで行こうとした。ところが、そもそも山田線は2時間に1本しかないほどの過疎線だ。これでは、夕方遅くに盛岡まで帰ってくるのは不可能となる。そういうことで、目的地をかねてから行きたかった宮古の浄土ヶ浜に変更した。

 結論から言えば、今回の旅は、50点だ。というのは、十和田神社でのフェスタ・ルーチェでマイナス10点、奥入瀬渓流では紅葉が3割程度だったのでマイナス10点、そして浄土ヶ浜の雨でマイナス30点だったからだ。でも、奥入瀬渓流は晴れて気持ちよくトレッキングすることができたし、記念になる写真やビデオを撮ることができて、これに限っては大いに満足した。


1.東京から十和田湖へ

(1)八戸駅でバスの切符売場を求めてさまよう

 10月24日の日曜日は、文京区の自宅を朝8時過ぎに発って、東京駅から、はやぶさ11号09:08発に乗ると八戸12:01着で、八戸からJRバスおいらせ号13:20発、十和田の休屋に15:35着となる。そこで泊まるという日程だ。

 東北新幹線は順調に走り、定時で八戸に着いたのは良かったのだが、八戸駅でおいらせ号のバスの切符を買おうとして最初の問題が発生した。標識の指示通りに改札のある3階から1階へと降りて行ったが、どこにも切符売場らしきものはない。また改札に戻り、みどりの窓口を見て、「JRのバスなのだから、ここで売っているのだろう」と思って聞くと「ここではない。2階の観光案内所に行って聞いてください」という。

 仕方がないので、観光案内所で訪ねたところ、「1階のバス乗り場1番から出ています。現金がなくとも、Suicaがあればそれで乗れます」とのこと。「また八戸に戻って来られるなら、往復切符を買えばお得ですよ」とも言われた。

 その言葉で振り出しの1階バス乗り場1番バス停にまた戻った。そして、そこにあった表示をたまたま見ていたところ、「往復切符は、2階のコンビニで売っています」とある。「なんだ・・・いまその前を通って来たばかりなのに」と、がっかりした。

 困ったことはそれだけで、午後1時20分発のバスに乗ったら順調に走り、明日歩くつもりの奥入瀬渓流の見所の予習をしながら登って行った。十和田湖の子ノ口(ねのくち)に出て、それから終点の休屋(やすみや)で降りたのは、定刻の午後3時35分だった。十和田湖では、湖岸の紅葉が色づいていた。

十和田湖岸の紅葉


(2)乙女の像は中年女性の像?

 さて、まだ明るいうちに有名な「乙女の像」(高村光太郎作)を見て来ようと、湖畔に沿って歩いて行った。(一社)十和田湖国立公園協会のHPによると、「光太郎は『湖水に写った自分の像を見ているうちに、同じものが向かい合い、見合うなかで深まっていくものがあることを感じた。それで同じものをわざと向かい合わせた・・・二体の背の線を伸ばした三角形が″無限″を表す・・・彫刻は空間を見る。二体の間にできるスキ間に面白味がある』とモチーフを語った。

 佐藤春夫も『十和田湖の自然を雄大で静かで、内面的な風景と見て、そうした自然の味わい方を表現したもの』と解釈していたという。そして、完成後、『あれは智恵子夫人の顔』といわれるようになったが、それを確かめた横山武夫に対し光太郎は『智恵子だという人があってもいいし、そうでないという人があってもいい。見る人が決めればいい』と答えたと言われており、また『体の方はモデルがいました。藤井照子、当時19歳。東京のモデルクラブに所属する姉妹の1人』とのこと」


乙女の像


 そういう予備知識を仕入れながら湖岸に沿って7分ほど歩いて行くと、視界が開けて乙女の像に着いた。なるほど、二人の全く同じ女性の裸像が湖の方に開いて向かい合い、片手を合わせようとしている。いやまあ、体の方は豊満というか、立派な肉付きだが、太っているのではなくて、かなり筋肉質だ。二人は、何かを語り合っているようにも見える。なるほど、これは芸術作品だと思っていたら、私の背後からこんな女性の声がした。「なんだ、乙女というより、中年のおばさんの像じゃない。」

 この声で、すっかり私は現実の世界に引き戻されてしまった。この像は、昭和28年の完成ということなので、もうかれこれ68歳かと一瞬思ったものの、いやいや青銅の像が歳をとるはずもないと頭を振り払う。しかし考えてみると、当時の19歳の肉体そっくりに作ったならば、やはりそれは「昔の乙女」の姿に他ならず、髪型も昔のままなので、現代の女性からすれば、昔の女性の体型と思うのは、当たり前かとも思った。

恵比寿大黒島


 休屋に向けて歩いて帰る途中、綺麗な形の島を見た。「恵比寿大黒島」という溶岩の島である。これは、はるか昔に十和田火山が爆発したとき、中央の火口丘溶岩だという。

 さて、再び休屋の中心部に戻って、今晩泊まるホテル十和田荘へ行き、チェックインをした。大きな和室に案内され、そこでまず一服した。数日前の天気予報では、十和田湖の最高気温は12度、最低は1度ということだったので、厚いジャケットに冬物のコートという冬支度をして来てみたら、何のことはない。最高18度、最低6度と、東京と変わらない。だから、この格好で少し動いただけでも大汗をかく。コートもジャケットも脱いでもまだ暑い。部屋ですっかり着替えて、一息をついた。

十和田荘ロビーにある牛若丸と弁慶の勧進帳ねぶた


 なお、私は前回、2003年7月に奥入瀬と十和田湖に来ているが、そのとき泊まったホテルは、やはり同じ十和田荘だった。ロビーに牛若丸と弁慶の勧進帳ねぶたが置いてあるのは、昔と変わらない。そのほか、今回は朝食会場脇に絵が飾ってあった。題材は、リンゴ娘、フキの収穫、ねぶたのハネト、ナマハゲで、それぞれなかなか良かった。

リンゴ娘、フキの収穫


ねぶたのハネト、ナマハゲ



(3)十和田湖フェスタルーチェは失敗作

 午後5時半から、十和田神社で「十和田湖 FeStA Luce」が始まるという。そのフェスタルーチェ実行委員会によれば「日がくれる頃より、大きな樹木で囲まれた鳥居をくぐり、イルミネーション、ライトアップ、プロジェクションマッピングなど、森に溶け込んだ光と音の演出で湖畔を帰る約1kmの道のりを歩いて行きます」として、「第1章 光の紅葉物語」、「第2章 光の冬物語」をするが、今回は第1章だという。

神社の参道の両脇の林


 前売り券1200円を支払って行ったのだが、はっきり言って、全くの期待外れで、がっかりした。神社の参道の両側に、丸いボール球のようなものが並ぶ。緑色、黄色、赤色などと色が違い、大きさも違うものだが、ただそれだけで、それが延々と続いて、飽きてくる。参道の両脇の林の中も、赤色や青色でライトアップしているのだけれど、それがどうにも気持ちの悪い色の取り合わせで、見ていて嫌になる。

神社の本殿のプロジェクションマッピング


 極め付けは、暗い中、階段を登って神社の本殿に着いたのは良いのだが、その本殿全体に赤色と青色のプロジェクションマッピングがかぶせてあって、またその色の組み合わせが背中がゾクゾクとするほど気味が悪い。これでは、地獄の釜の中を連想させるほどの趣味の悪さだ。ワインレッドとか、もっと厳かで品の良い色彩の選択ができなかったのか、残念に思ってしまった。

渓流案内図

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2.奥入瀬渓流を歩いて下る

 奥入瀬渓流は、十和田湖から流れ出る奥入瀬川によって形成され、国の特別名勝、天然記念物に指定されている。十和田湖からの流水が調整されていることと、そのゆるやかな勾配のため、川の中の小さな岩や倒木にも、苔やシダや潅木が自生し、しっとりとした美しい景観がつくりだされている。私は、今回が3回目の訪問である。

子ノ口からの奥入瀬渓流トレッキングの始まり


(1)子ノ口から銚子大滝まで

 子ノ口から、階段を下り、さあ、これから奥入瀬渓流トレッキングの始まりだ。それが狭くて急な階段で、もう少し工夫があれば良いのにと思う。それとも、ほとんどの観光客がバスで素通りするから、そんなところにお金をかけないのかもしれない。奥入瀬歩道案内図があった。なかなかわかりやすい。

奥入瀬歩道案内図


 子ノ口で自転車を借りるという選択もあったが、道路が渓流と並行して走っているとはいえ、やはり渓流側の歩行者専用道路の方が写真を撮るにはよいと思って借りなかったが、それで良かった。もし借りていたら、渓流に近づくことができない所が多かったからだ。でも、渓流を眺めながらサイクリングという人にはよいだろう。しかし、この季節は車が多いので、危ない思いをするかもしれない。

青空と木々が川面に写りとても綺麗


 歩き始めの頃は、渓流の上がまだ木に覆われていないので、青空と木々が川面に写り、とても綺麗だ。思わず見とれてしまうほどだ。さて、これから奥入瀬歩道の始まりだ。やや狭い道が続く。ジャージャー、シャーシャーというせせらぎの音に加えて、時々、合いの手を入れるように鳥のさえずりが聞こえる。森の中だから、フィトンチッド(phytoncide)がいっぱいで、これこそ森林浴そのものだ。湿った落ち葉の匂いに交じって、木々のお香りがする。

奥入瀬歩道の始まり


 狭い遊歩道なので、すれ違う時には道を譲らなければならないところがある。歩いて行くと、ちゃんとした登山のスタイルをした人は、すれ違う時に挨拶をしてくれ、また私が道を譲ると「ありがとう」と言ってくれて気持ちが良い。ところが、若い人に多いが、こんなところでもスマホに見て前を見ていないから、すれ違うときには、危なくて仕方がない。もちろん、そんな人は挨拶はしてこない。その他、普段着で覚束ない足取りでもってフラフラ歩いてくる人達がいる。挨拶もなしだ。これらは、道路に車を停めて、歩道に降りてくるのだろう。

水門


 子ノ口からほど近いところに水門がある。ここで、奥入瀬川に流れ込む水の量を調整しているそうだ。十和田湖国立公園協会のHPによると、「奥入瀬渓流は、昔から湖によって流水が自然に調整されたことと、70メートルにつき1メートルというゆるい勾配のため、川のなかの小さな岩や倒木にもコケや潅木がはえ、独特の美しく繊細な景観をつくりだしています。この美しい景観を維持するため、昼間は水門を開き一定の水を流し、夜間や冬期は水門がほぼ閉じられています。そのため、渓流は支流から流入する水量が主なものとなり水位も低下します」ということである。

流れを写真に撮る(80分の1秒)


 「万両の流れ」、「千両岩」、「五両の滝」などを過ぎる。ここで、流れを写真に撮るとき、シャッター速度を変えてみた。普通に撮ると80分の1秒(上の写真)程度のところ、5分の1秒(下の写真)にすると、水が白い布のように写って、写真から受ける感じが全く異なる。流水を撮るには、この方が良さそうだ。それからは、同じ被写体でその二つの写真を撮ることにした。ただ、重いからと三脚を持ってこなかったので、シャッター速度を落とすときは、カメラが手ぶれがしないようにと、両脇を締め、かつ両脚を踏ん張って撮るのが大変だった。

流れを写真に撮る(5分の1秒)


 さて、奥入瀬渓流の白眉である「銚子大滝」に着いた。昔、この滝があるために魚が遡上することが出来なかったから、十和田湖には魚がいなかったという。それでも、明治になって和井内貞行夫妻が頑張り、最初は鯉から始めて、ついにヒメマスの養殖に成功したという(十和田湖国立公園協会のHP)。明治の頃は、御木本幸吉のような先人が、ここにもいたようだ。

銚子大滝


 その銚子大滝は、高さ7メートル、幅20メートルの立派な滝で、周りが森に囲まれているだけに、この数字よりはよほど大きく感じる。とりわけ、背景に色づき始めた木々、手前に苔むした朽木が並ぶと、水しぶきの上がる滝が実に神々しくさえ見受けられた。

 私がそうやって感激して写真を撮っていると、突然、賑やかな若い女の子たちが4〜5人連れ立ってやってきた。そして、滝を見たとたん、異口同音に「やばい」、「やばい」、「やばい」と言う。もっとほかに表現する言葉はないのか・・・語彙が乏しいのか・・・やばいという表現は、私の若い頃はヤクザのお兄ちゃんの言葉だ。「兄貴、やばいことになってますぜ」という具合に使われたものである。

銚子大滝


 その「やばい」を連発するお嬢さんたちが去ると、滝の周りは静けさを取り戻した。私は最初、銚子大滝の脇の方から撮っていたが、次は真正面から撮ってみようと考えて行ってみると、既にそこには三脚を構えたおじさんがいた。確かに、その場所は、滝が正面に見え、バックには陽の当たる木々があり、滝には白い水霧が立ち上り、手前には緑色の苔むした倒木の折れたものが散らばっている。バックグラウンドとしては良い構図で、なかなか美しい。シャッター速度を落とすと、滝が白い布のように写る。これは、これは凄い。まるで絵葉書のような写真を撮ることができた。

奥入瀬谿谷の賦


 銚子大滝のすぐそばに、佐藤春夫の「奥入瀬谿谷の賦」掲示板があった。昭和26年にこの地を訪れて作ったものらしい。曰く

   奥入瀬谿谷の賦     佐藤春夫

     瀬に鳴り渕に咽びつつ
     奥入瀬の水歌うなり
     しばし木陰に佇みて
     耳かたむけよ旅人よ

     うれしからずや谿深み
     林のわれを養ふは
     水清くして魚住まず
     望すぐれて愁(うれい)あり

     十和田の湖の波の裔(すえ)
     身の清冽を愛(を)しめども
     深山を出でて野に向ふ
     身を現実こそ是非なけれ

     友よ谷間の苔清水
     歯朶(しだ)の雫よ瀧つ瀬よ
     やがて野川に濁るべき
     明日の運命は欺かざれ

     しばしは此処にいざよひて
     さみどり深く閉したる高山の
     気を身に染(し)めん
     花も楓も多(さわ)なるを

     林に藤の大蛇(おろち)あり
     谿に桜の鰐朽ちて
     何をか求め争うや
     わが幻をにくむかな

     さもあらばあれ木洩日の
     漂う波に光あり
     水泡(みなわ)はしろく花を咲き
     鶯老いて春長し

     もしそれ霜にうつろはば
     狭霧のひまの高麗錦(こまにしき)
     流れる影も栄えあり
     みな一時の夢ながら

     わが行く前の十四キロ
     ここに歌あり平和あり
     また栄あり劣らめや
     浮かべる雲のよろこびに


 ちなみに、この近くに佐藤春夫の詩碑があり、そこには次のように書かれているというが、草が繁茂していて、どうにも見つけられなかった。

   奥入瀬渓谷の詩        佐藤春夫

     おちたぎり急ぎ流るる
     なかなかにみつゝ悲しき

     行きゆきて野川と濁る
     汝(な)が末を我し知れれば


空が開けていたので、美しい青空が見えた


 さて、その場を離れて再び遊歩道に戻って歩く。青々とした立派な羊歯があった。こういう湿気のある環境を好むのだろう。その辺りで顔を上げると、たまたま空が開けていたので、美しい青空が見えた。

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(2)九段の滝

九段の滝


 ああ、これが「九段の滝」だ。地層が重なり合っているところに可愛い滝が落ちている。この辺りに「姉妹の滝」、「双白髪の滝」とあるようだが、先を急ごう。山道を歩くと、渓流の水の流れが急な所に出た。じーっと見ていると、まるで流れに引き込まれそうだ。

シャッタースピード速く


 午前11時を過ぎたところで、お腹が空いてきた。ちょうど流れのすぐ脇にテーブルとべンチがあったので、そこに座り、ホテルでもらったお弁当を広げた。すると、おにぎりが2個の素朴なものかと思っていたら、それだけでなく、エビの天ぷら、蒲鉾、鶏の唐揚げ、ポテトサラダなど色々と入っている。奈良漬けまである。これは予想外で、誠にありがたい。渓流のせせらぎや鳥の囀りを聞いて、ゆっくりと食べた。おかげで、脚も休まった。

シャッタースピード遅く


 元気を取り戻したので、また歩き出した。周囲は鬱蒼とした森で、誰もいない。でも、誰かに見られているような感覚があるので、振り返った。しかし、何も見えなかった。もしかすると、野生の鹿のような動物だったのかもしれない。

紅葉に日が当たる


 まさか、熊だったら、もうおしまいだ。歩道を下から登ってくる人がいて、身体を動かすたびに「チリーン、チリーン」と鈴の音を立てている。熊よけに違いない。でも、中部地方の山に詳しい人の話によれば、「昔の熊は、この鈴の音を聞くと『ああ、人間がいる。逃げなければ』と思ってその場を離れたものだけれど、近頃の熊は人間慣れし過ぎていて『あっ、人間がいる。美味しそうなものを持っているはずだ』とばかりに、かえって熊をおびき寄せてしまう」ということだったので、この辺りの熊がそうでない事を祈ろう。

大きな石の上に羊歯や潅木が生え、苔がびっしりと付着している


落ち葉


 大きな石の上に羊歯や潅木が生えているし、もちろん苔がびっしりと付着している。いかにも、湿った森の中だ。紅葉が落ち始めているし、流れが急なところもある。ああ、あそこで清流が石のために渦巻いている。シャッター速度を落とすと、それがよくわかる。

急流だ


 何か細々とした滝が流れていると思ったら、これが「不老の滝」だ。マップを見ると、本日の目的地の石ヶ戸までまだ3分の1の地点だ。いや、これは先が長い。景色を愛でるのは良いとして、写真をのんびりと撮り過ぎた。足を早めようと思ったら、あれれ、また滝だ。「白糸の滝」、「白絹の滝」、「玉簾の滝」と続く。最後の玉簾の滝など、別に標識もないので、これかなと思う所があっただけだから、あまり自信がない。ああっ、あそこの流れは早い。シャッター速度を変えると、それぞれの味わいが出る。

シャッター速度はやく


シャッター速度おそく


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(3)雲井の滝

「蝮草」の実


 少し早目に歩くと、もう「白金の流れ」に着いた。その辺りに、妙な実を見つけた。赤いつぶつぶが集まって円錐型になり、その中から紫色のものが露出している。こんな実は初めて見た。調べてみると、「蝮草」の実だそうだ。更に行くと、木が歩道上にアーチ状に被さっている。危うく頭をぶつけるところだった。頭を低くしてそこを抜け、左手に「白布の滝」を見たと思ったら、ようやく道の向こうに「雲井の滝」があるとの標識を見た。これで、最終目的地の石ヶ戸まで、あと30%のところまで来た。写真を撮りながらだと、倍の時間が掛かっているが、やむを得ない。

雲井の滝


 「雲井の滝」にようやく着いた。道路の向こう側にあるから、歩道から上がって道路に出て、道を渡らないといけない。左右を見て走ってくる車に気をつけて渡り、少し奥まったところにある雲井の滝まで行き、写真を撮った。水量が多く、銚子大滝以来の、久しぶりに滝らしい滝だ。

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(4)阿修羅の流れ

阿修羅の流れ


 奥入瀬川は、「飛金の流れ」、「平成の流れ」と、急流が続く。そしていよいよ、阿修羅の流れが始まる。急流の中のあちこちに、小島が幾つかある。それを縫うように強い流れがほとばしる。ザアザアと音を立て、とてもダイナミックだ。これは、見事だ。しかも、水の色に白とライトグリーンが混じって美しい。いくら眺めていても、全く飽きない。

阿修羅の流れ


 下を見ると、おやおや、川の近くまで降りて行って、写生をしている人がいる。後ろから覗くと、とても上手だ。うーん、絵の出来はなかなかのもので、本物の渓流より迫力がある。素晴らしい。これが見られただけでも、本日は意味があったと思うくらいだ。

写生をしている人

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(5)石ヶ戸

 やっと本日の目的地である石ヶ戸(いしけど)に着いた。ここに八戸駅行きのバス停がある。ちなみに「石ヶ戸」とはアイヌ語で「石でできた小屋」を意味するそうだ。それにしても、ここにある売店のお姉さんはとても親切だった。私が「八戸行きのバス停はどこですか」と、聞くと、わざわざ厨房から出てきて、外に出て案内してくれた。なかなかできることではない。バス停は道路脇にあったが、その高さが低い上に駐車の車両で隠れていて、これでは分からないはずだ。


 そこから少し下って石ヶ戸の瀬に降りて行くと、かなりの急流だ。おや、ここにも写生をする人がいる。ちょっと覗かせていただくと、うーん・・・どちらかと言えば先ほどの阿修羅の流れにいた人の方が上手だと思うが、それはさておき、こういう景観の下で写生できるというのは、何にも増して幸せなことだ。しばしそれを見た後、午後3時52分に来たJRバスおいらせ号で、八戸駅に向かった。

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(6)盛岡駅

 早めに着いたので、県庁所在地で夕食を食べた方が良いだろうと思い、持っている指定券の時間を早めて、午後6時半過ぎに盛岡駅に到着した。そのまま、駅ビル内で「十割そば」という看板を見つけて、そこに入った。店に入ると、新型コロナウイルス対策で紙に氏名と電話番号を書かされた。面倒だが、仕方がない。そういえば、このパンデミックが始まった昨年、岩手県は陽性者が最後まで出なかった県であることを思い出した。注文は、天麩羅蕎麦にしたが、とても美味しかった。

 そこから、駅前ロータリーの反対側にある「ダイワロイネットホテル盛岡駅前」に歩いて行って泊まった。これは、今月からオープンしたばかりのホテルで、全ての設備が新しくて気持ちが良かったし、朝食の種類が豊富でしかも美味しくて、言うことがないほどだった。ところが、強いていえば、問題があったのは、シャワー室の設備である。バスルームにシャワースペースとバスタブがあるが、そのシャワーの栓を上方に上げると、なんとまあ天井の丸い穴から雨のように冷たい水が降ってくる。不意打ちで突然の雨に遭ったようで、冷たくてかなわない。あわてて栓を下に下ろすと、やっとシャワーヘッドからお湯が出た。よく見ると、小さな字で説明がある。しかし、こんなもの、誰も見ないで栓を捻ってしまうだろう。これだけが問題だったものの、朝食がともかく美味しかったから、ビジネスホテルとしては文句なしのところだった。

天井の丸い穴から雨のように水が降ってくる


小さな字で説明

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3.浄土ヶ浜へ行くも残念ながら雨

浄土ヶ浜パノラマ


(1)翌朝、盛岡駅から宮古市へ

 昨日は山を見たので、今日は海というわけで、三陸海岸で最も有名な浄土ヶ浜を見てくることにした。盛岡駅からJR山田線に乗ろうとしたが、2時間もかかる上に、最初に出る午前11時の便で、遅すぎる。その次は午後1時の便だ。これでは不便で役に立たない。ではバスはどうだろうと思って調べると、岩手県北バスがあった。1時間おきに出ていて、掛かる時間も1時間45分だ。なるほど、地元の皆さんは、こちらを主に使っているようだ。では、これにしよう。

 宮古市から浄土ヶ浜に向かう岩手県北バスの中の広告放送で、こういうのがあった。「◯◯整形外科です。日本古来の大和心(やまとごころ)の精神で、皆さまの社会復帰をお助けします。頑張ろう日本、頑張ろう岩手」・・・これには笑えてきた。面白い。とりわけ、「日本古来の大和心の精神」というのは、気に入った。それは良かったのだが、宮古に近づくにつれて、雨足が強くなってきた。これでは、あまり良い写真は撮れないかもしれないと、少し諦めの気分になる。

 どうかして最も短いルートはないかと地図を見たら、南の「浄土ヶ浜ビジターセンター」で降りるか、それとも北の「奥浄土ヶ浜」まで行ってそのビジターセンターに戻ってくるかという選択だ。後者の方が、往復する必要がないので歩く距離は短くなる。ではそうしようと思い、今乗っているバスの行先を「乗換案内」のアプリで調べると、ちょうど終点が「奥浄土ヶ浜」だ。これは良いと思い、そのまま乗っていた。「浄土ヶ浜ビジターセンター」を通り過ぎ、「第三駐車場」を通り越し、そろそろ「奥浄土ヶ浜」のはずだと思ったら、「佐原団地」だというので、これは間違ったと思ってそこで降りた。

 これは困った。「乗換案内」のアプリを信じすぎた。「NAVITIME」や岩手県北バスのWebサイトとダブルチェックをすべきだった。でも、あの揺れるバスの中では無理だ。今回は奥入瀬渓流についてはかなり調べたが、浄土ヶ浜は市街地の中だから真剣に調べなかったから、こんなことになってしまった。仕方がない。ではどうするか。次の反対方向のバスに乗るために待つと、寒くて風邪をひくかもしれない。バス停2つ分だから、歩いても高々30分に過ぎない。雨は降っているが、それほど強い雨ではない。では、歩くかと思い、傘をさして歩き始めた。幸い、立派な道路があり、Googleマップも見られる。道を誤る心配はない。

浄土ヶ浜海水浴場


 第三駐車場を過ぎると、道路に橋が掛かっていて、そこから下をみた。すると、海水浴場が見えた。紅葉も綺麗で、砂浜海岸線が緩やかなカーブを描いて美しい。こんな所で、海水浴とは、実に羨ましい限りだ。雨がなければ、くっきりした写真が撮れるのにと思いつつ橋を渡りきると、しばらくして「剛台展望台」というのがあった。これで、浄土ヶ浜の全貌が見られるかもしれないと期待する。雨が降っているから、滑らないように気をつけながら、木の枠で出来た階段の登りきって、ガッカリした。木々が生い茂って、展望台からは何にも見えない。写真を撮るどころではない。そのまま降りて来るしかなかった。

浄土ヶ浜海水浴場



(2)浄土ヶ浜レストハウスで救われる

 この雨の中、どこか濡れないで過ごせるところはないかと地図を見たら、「浄土ヶ浜レストハウス」がある。そこを目ざして山の中の道を歩いて行くと、下の海岸にそれらしき建物を見かけたときは、嬉しかった。お昼を過ぎていたので、やっと座って休めるだけでなく、食事をすることができる。これは助かった。看板メニューの「トラウト瓶ドン」というのをいただいた。瓶の中にあるトラウトの中味を真ん中の白いお皿に入れて食べ、最後は右上の赤い入れ物の中の出汁を左下のご飯に掛けて、お茶漬けにするという。これでお値段は1,500円だから、観光地価格だ。しかし、まあ美味しかった。

トラウト瓶ドン


浄土ヶ浜


 目の前が浄土ヶ浜だから、レストハウスは、良い所にある。宮古市のHPによると「浄土ヶ浜の岩肌は、5200万年前にマグマの働きによりできた流紋岩(りゅうもんがん)という火山岩で、二酸化ケイ素を多く含むため白い色をしていると考えられています。また、マグマが流れた模様『流理構造(りゅうりこうぞう)』や、マグマが急に冷やされたときにできた板状の割れ目『節理(せつり)』を観察することができます」とのこと。

浄土ヶ浜


 食事が終わったとき、浄土ヶ浜では、ますます雨足が強くなって散々だった。もし晴れていたら、青い空、白い岩、緑色の海、そしてカモメが美しいだろう。それに、青の洞窟にも、小舟で行ってみたかったが、残念だった。こういう日もある。それでも、浜の方に出て行って、尖った鮫の歯のような岩石の小山を撮って行った。本来なら、広角レンズを使って全体を撮るべきだが、この雨の中ではレンズ交換も面倒なので、望遠レンズで済ませたから、全体像を撮ることは出来なかった。

浄土ヶ浜


 海の水に近づくと、砂浜海岸ではなく、瓦礫のような小岩の破片から出来ている。もちろん、角が取れているので危なくはない。その小岩も、色が白いのであまり違和感を感じない。海岸にはウミネコがたくさんいる。近づいても逃げない。これは相当、人馴れしている。東京都にはユリカモメがいる。これら2つの鳥は良く似ている。しかし、「ユリカモメは、冬から初夏にかけて見かけ、クチバシと足が赤くて身体は小さい。顔は優しくて怖くない。ギャーギャーと鳴く。ウミネコは、一年中いて、クチバシと足が黄色くて身体が大きい。顔はちょっと怖い。ネコと名がついている通り、ミャーミャーと鳴く」という(akasi-taiさん)

 その浄土ヶ浜レストハウスの前が「奥浄土ヶ浜」のバス停だったので、そこからバスに乗って宮古市に出た。何しろ雨なので、市内を見物することもせずにそのまま盛岡駅に帰った。盛岡駅ビルでは、また十割蕎麦をいただき、そのまま東京新幹線で帰るつもりが、盛岡駅構内で「漁火弁当」なるものを見つけた。真ん中に大きな帆立貝があって、それが目玉で、上から順に、蟹の身、イクラ、貝が並んでいる。その魅力には勝てずに、新幹線車内でいただきながら帰京した。

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(令和3年10月26日著)
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