2015年12月16日、いわゆる夫婦別姓に関する最高裁判所大法廷の判決があった。上告人は、「民法750条の規定は『夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称する』と定めるが、これは憲法13条、14条1項、24条1項及び2項等に違反する」と主張し、本件規定を改廃する立法措置をとらないという立法不作為の違法を理由に、被上告人国に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める事案である。これについて判決は、「夫婦がいずれの氏を称するかは,夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」、「近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,夫婦同姓の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである」などの理由で合憲し、上告は棄却された。
それから5年半の歳月が流れた2021年6月23日、再び夫婦別姓に関する最高裁判所大法廷の決定があった。この決定では、先の大法廷の判決の趣旨がそのまま維持され、「各規定が憲法24条に違反して無効であるといえないことは先の判決のとおりであって,この種の制度の在り方は,同判決の指摘するとおり,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならない」とされた。 この件について、旧知の新聞記者からインタビューの申込みがあったので、それを受けたところ、次のような記事が載った(弁護士ドットコムニュースからYahooニュースへ転載)。なお、これは無報酬の社会貢献である。 私は多数意見を構成した合憲という立場である。一般にこの種のインターネット上の記事は、派手に違憲という主張をする意見の方が読者に受け入れやすく、私のような合憲という立場で物を言うものなら袋叩きに遭うのではないかと思っていたら、案外そうでもなかった。むしろYahooニュースに寄せられた意見の中には、「立法、司法2つの立場にいた方だけあって、非常に説得力のあるコメントですね」というのもあったそうだ。 【インタビュー記事】 夫婦別姓訴訟、2015年に「合憲」と判断した元裁判官は今回の決定をどうみたか 最高裁大法廷は6月23日の決定で、夫婦同姓を定めた民法などの規定は憲法に違反しないと判断した。 初めて「合憲」と判断した2015年の大法廷判決に参加し、多数意見を構成した元最高裁判事で元内閣法制局長官に、今回の決定や、選択的夫婦別姓制度の今後について聞いた。(ライター・山口栄二) ●同姓制度の不利益は2015年より減った ――今回の大法廷決定について、事前にどう予想されていましたか。 「2015年の大法廷判決と同じだろうと思っていました」 ――なぜですか。 「最高裁が判断を変えるのは、よほど社会情勢や世間の認識が変わったとか、これを変えなければ当事者にとってあまりにも酷だとか、今や極めて不合理だなどといった特別な事情がある時だけです。 法律論はともかく今回の抗告人の事実上の主張は、要は夫婦別姓でなければ社会生活上不便だということと、世論調査などで選択的夫婦別姓を支持する声が高まっているということだと思います。 前者に関しては、最近は旧姓の通称使用が次第に進んできたことから、かつてのような支障がそれだけ少なくなってきていると言えますし、後者に関しては、裁判は世論の数字で決まるのではなく、法律の理屈で決まるものですから」 ――「法律の理屈」ということですが、今回の決定が踏襲した2015年の大法廷判決では、「我が国では夫の姓を選択する夫婦が圧倒的多数を占めるとしても、それが規定のあり方自体から生じた結果であるということはできない」として合憲の理由としていますが、これはどういう意味でしょうか。 「自由選択に委ねた結果、夫の姓を選ぶ夫婦が多くなっているというわけだから、問題は法律にあるのではなく、夫婦どちらかの姓を選べるのに、夫の姓を名乗る慣習が根強く続いていることにあるということです」 ――同じく2015年大法廷判決は、夫婦同姓制度による不利益は、旧姓の通称使用によって緩和されるとしていますが、実際に通称使用は広がっていますか。 「かなり広がっていると思います。パスポート、運転免許証、住民票、マイナンバーも旧姓を併記できるようになりました。最高裁判事もかつては、判決文に書く名前は戸籍名しか許されませんでしたが、2017年9月から通称でもできるようになりました」 ●元内閣法制局長官が語る「根回し」の重要性 ――選択的夫婦別姓は、1996年に法務省の法制審議会が答申し、法務省が同年と2010年の2度にわたって民法の一部改正法案を準備しましたが国会提出に至らず、現在まで来ています。内閣提出の法案を審査する内閣法制局で長く仕事をされた立法のプロの目から見て、何がよくなかったのでしょうか。 「新しい法律を作る時というのは、いろいろな価値観がぶつかり合うんですね。国会議員にも賛成、反対と様々な立場の方々がおられる。法制審議会の答申を得ただけではまだほんの序の口で、そうした国会議員の方々に手を尽くして説明し、必要なら説得する作業が不可欠です。 選択的夫婦別姓については、法制審議会の学者の皆さんがおっしゃるとおりにすればそのまま国会も通るだろうと、しかるべき準備もしないまま安易に法案を出そうとしたんじゃないかと思いますね。素案を出したところ、反対の声が予想以上に強くてあえなく断念するに至ったと聞いています。 本来であれば、担当者が様々な関係各所に説明に行って『家族とは何か』『姓とは何か』といったことについて徹底的に議論を深めた上で反対派を説得すべきで、そういう作業をもっと丁寧に進めるべきでしたね。 一般論として、最初は反対していた議員でも、何度も足を運んで言葉を尽くして説明すると『私は今の方式のままがいいと思うが、あなたがそこまで言うなら支持することにしよう』と言ってくれることがあります。 選択的夫婦別姓については、そのように様々な意見を踏まえて説得の努力をした形跡があまり見られません。誰が見ても難しい法律を1本通すには、それに命をかけて取り組むような人がいないと進みません」 ●将来的には「選択的夫婦別姓」は実現する ――そうすると今後、民法を改正して選択的夫婦別姓を実現するには、何が必要ですか。 「時間が必要でしょうね。現在、選択的夫婦別姓を支持しているのは若い世代に多い傾向があります。その世代が社会の主流になれば、社会全体の意識が変わるでしょう」 ――具体的にはどれくらいの時間が必要でしょうか。 「早くて10年はかかるでしょうね。女性管理職の割合が、現在の10%台前半から、英米並みの30〜40%ほどになるころには『夫婦同姓って何だっけ』ということになっているのではないでしょうか」 ――それ以前でも、最高裁が『夫婦同姓を強制する民法は違憲』と判断してくれれば、非嫡出子の相続差別規定や女性の離婚後再婚禁止期間規定のケースのようにすぐに法改正が行われるのでは? 「姓のあり方は、歴史や文化、社会習慣などが複雑に絡まった奥の深い問題ですので、これを咀嚼して十分に解きほぐさないと、そう簡単にはいかないと思います。 これを解決するために、違憲か合憲か、つまりオール・オア・ナッシングしかない裁判所の憲法判断を使うというのは、私は適していないと思います。やはり、その中身につき、まずは法務省と法制審議会でよく練った原案を作り、それを国会審議の場で徹底的に議論を尽くすというプロセスを経ないと、うまくいかないと思いますね」 (参考)関係条文 (夫婦の氏) 民法第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。 (婚姻の届出) 民法第739条 婚姻は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。 戸籍法第74条 婚姻をしようとする者は、左の事項を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。 一 夫婦が称する氏 二 その他法務省令で定める事項 日本国憲法 第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。 2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。 (令和3年 7月 1日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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