悠々人生エッセイ



天皇陛下から手づから旭日大綬章を受ける




1.最高裁判所からの連絡

(1) 2020年秋になって、最高裁判所から「叙勲を受けるかどうか」という打診があった。私は「それは名誉なことで、受章したい。色々とお世話になります」と答えた。するとしばらくして、「令和2年秋の叙勲 大綬章等勲章親授式」に関する書類が送られてきた。11月11日(水)に予定されている親授式の式次第、日程、事前連絡事項などである。当日の服装は、「燕尾服」であって、「モーニング」ではない。モーニングなら自前のものがあるが、さすがに燕尾服は持っていないので、これは貸衣装店で借りてこなければならない。確か、以前も借りた飯田橋の店があると思って調べると、まだ営業している。そこで、電話をして、何年の何月何日に借りた者だけどと言うと、ちゃんとその記録が残っていた。そこで、同じサイズのものを用意してもらうことにした。

 今年秋の叙勲の特徴は、「大綬章親授式出席に当たっての事前連絡事項(内閣府賞勲局)という文書が入っていたことだ。例えば、次のようなことが書いてある。

 〇 式(11/11)から前2週間については、マスクの着用、手洗い等の励行、三密(密集、密接、密閉)を避けるなど「新しい生活様式」に基づく新型コロナウイルス感染防止対策の徹底。
 〇 式前日に公共交通機関で移動する際にはマスクの着用。
 〇 式当日に37.5度以上の発熱がある場合等は出席を自粛。
 〇 厚生労働省「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」の活用。
 参入時に検温させていただき、受章者又は配偶者のいずれかに37.5度以上の発熱が確認された場合は、両者の宮殿への参入をご遠慮いただくこと。
 式においては入場から退場まで常時「マスク」を着用すること。

 そして、正殿松の間で行われる大綬章等勲章親授式の図解があり、天皇陛下から勲章が親授され、次いで内閣総理大臣から勲記が伝達される位置と経路が書いてある。

 最後に、内閣総理大臣からの案内状が添付されていた。


総理からの案内状



(2) その頃から、ぽつぽつと国会議員から手紙が届き始めた。受章者の閣議決定の日に国会議員に名簿が配られるので、おそらくその名簿が使われたのだろう。中には、私が存じ上げている議員さんもおられるので、それはそれでとっても嬉しいが、その反面、全く存じ上げていない議員さん達からも来ている。私は別にその方々の選挙区に住んでいるわけでもない。これは、どうしたものか・・・。

 国会議員からなら仕方がないと思っていたら、今度は「叙勲・褒章の専門会社」から分厚いパンフレットが届き始めた。たとえば、「日本叙勲者顕彰協会」、「岩崎」、「銀座明倫館」、「創元」などである。一体どこから今回の受章者個人の住所を入手できたのかと思う。議員さんの方よりも、むしろこちらの方が問題だろう。まあ、それは別として、そのうちの一つ、創元のものを開いてみると、これがまた、なかなか面白い。@いただいた受章についての教科書、A叙勲・褒章受章記念額カタログ、B叙勲・褒章返礼用のお菓子・記念品。C挨拶状・同封物(しおり・鏡・マスク)、Dご芳名帳、ご注文書つづりがある。特に@は、とても面白い。(本文)叙勲・褒章に関する知識を学ぶ、春秋の叙勲・褒章受章のスケジュール、お返しについて、祝賀会について、(資料)伝達式・拝謁に関する衣装、着付け・ヘアメイク・記念写真・宿泊施設情報などである。また、Aの中の旭日大綬章専用の額を見ると、桜材の額は16万5千円であるが、紫檀材を使った最高級の額は、55万円もする。これは凄い。


創元のカタログ



(3) ここで、勲章の種類を見ると、次のようになっている(内閣府ホームページより)

全体の勲章図



 このうち、大勲位菊花章と桐花大綬章は別格で、「旭日大綬章又は瑞宝大綬章を授与されるべき功労より優れた功労のある方」で、めったに出ない。うち大勲位菊花章は、中曾根康弘元内閣総理大臣が生前に叙勲されたことが知られている。その他の方は、たとえ元内閣総理大臣であっても,死後叙勲である。桐花大綬章は、例えば両議院議長や最高裁判所長官など三権の長にしか与えられない。

 これらは文字通りの別格であるが、通常の場合の種類は旭日章と瑞宝章に分かれている。いずれも「国家又は公共に対し功労のある方」を対象とするものであって、旭日章は「功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた方」に、瑞宝章は「公務等に長年にわたり従事し、成績を挙げた方」に与えられ。それぞれ、大綬章、重光章、中綬章、小綬章、双光章、単光章に分かれている。そのほか、文化勲章があり、「文化の発達に関し特に顕著な功績のある方」に与えられる。

 私がいただいく旭日大綬章は、こういうものである。「旭日章は、明治8年に我が国最初の勲章として制定されました。勲章のデザインは、日章を中心に光線(旭光)を配し、鈕(ちゅう:章と綬の間にあるもの)には桐の花葉を用いています」という。英訳は、「Grand Gordon of the Order of the Rising Sun」とのこと。いやまあ、こんなに立派なものとは知らなかった。


旭日大綬章



 勲章には、平成15年に閣議決定された「勲章の授与基準」がある。それによると、

 ア 内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長又は最高裁判所長官の職にあって顕著な功績を挙げた者 旭日大綬章
 イ 国務大臣、内閣官房副長官、副大臣、衆議院副議長、参議院副議長又は最高裁判所判事の職(これらに準ずる職を含む )。にあって顕著な功績を挙げた者 旭日重光章又は旭日大綬章


 なのだから、私の場合はイになるようだが、それにしても旭日大綬章とは、誠に有難いことである。関係方面には、深く感謝申し上げたい。


2.11月3日に公表される

 11月3日になって、令和2年秋の叙勲対象者が公表された。朝日新聞の記事を引用させていただくと、このようになっている。

 「政府は3日付で、2020年秋の叙勲受章者4100人と、外国人叙勲の受章者141人を発表した。旭日章は政治家や民間人、瑞宝章は公務員が主な対象。日本人受章者のうち、旭日章は1023人、瑞宝章は3077人。女性の受章者は412人(10.0%)で、20年春と並び、03年秋の制度改正以降で最多。

 旭日大綬章は、トヨタ自動車会長の内山田竹志さん(74)、元沖縄県知事の仲井真弘多さん(81)や元内閣法制局長官の山本庸幸さん(71)ら6人。瑞宝大綬章は元東京大学総長の小宮山宏さん(75)が選ばれた。

 小説家の北方謙三さん(73)や俳優の麻実れい(本名・信元孝子)さん(70)、舘ひろし(本名・舘広)さん(70)は、旭日小綬章を受ける。」


今回の旭日大綬章の受章者リスト



(図)令和2年秋の叙勲受章者名簿

(旭日大綬章)(瑞宝大綬章)(旭日重光章)(瑞宝重光章)(旭日中綬章)(瑞宝中綬章)



 これが公表されたその3日の午後から、私の自宅には電報が殺到する。それが、台紙が簡単なものもあれば、分厚いもの、中には鶴柄の漆塗りの小箱、薔薇のドライフラワー、七宝焼きのプレートのものまで、まるで洪水のように届けられる。もう「有難い」を通り越して「凄い」の一言だ。ただただ感謝あるのみ。いただいた電報を積み上げると、高さが40センチもある。先ほど引用した専門業者は、これら膨大な電報や手紙に対して定型文で返信するのがその得意とするところだ。ただ、私は各人に対してそれぞれの人に合わせた各様の返事を出したいので、たとえ時間がかかっても、そうしようと思う(後述7.参照)。


3.各方面から祝福メールが殺到

 祝電のみならず、先輩・同期・後輩・友人・知人・親類から祝福メールが殺到した。これに一つ一つ返信するのに、朝から夜遅くまでかかってしまった。私のことを思っていただいてのことなので、例えば次のように、心をこめてメールを出した。

(1)親友からのメールと返信

 この度は、旭日大綬章、誠におめでとうございます。

 当方は、然したることはない日々ですが、先月は張り切って何度か山に行ったりしました。ただ、相変わらず直行直帰で、下山後に温泉を楽しむこともないのは、いささか残念です。

 お体にお気をつけになって、ますます社会のためにご活躍ください。


[返信] お祝いの言葉をいただいて、ありがとうございます。お元気にご活躍の様子、何より嬉しいです。山登りの趣味は良いですね。先日、Hさんとたまたま会い、貴殿と一緒に登っていると言っておられました。仲間がいるのは、安心でよろしいです。

 私も、もう叙勲の年齢かと、我ながら感慨深いものがあります。確かに、今回一緒に受章する方々は、パナソニックの中村元会長以外は、皆、旧知の方々ばかりです。トヨタの内山田さんは高校の同窓会の会長、滝野さんはその内閣官房副長官時代にお仕えしたし、仲井真元知事は通産省の10年先輩だし、山崎さんは最高裁判事の同僚と、何か同窓会のようなものです。ですから、気楽な気持ちで行ってきます。

 仕事の方は、大手町の四大事務所の一つ、アンダーソン・毛利・友常法律事務所に所属しているのですが、ほとんどが内部からの相談です。この間、珍しく外部から相談があり、引き受けたものの、いくら請求したものかと思って、周りに聞いたところ、「先生の単価は1時間7万円となっています」と聞いて、びっくりしました。私は、人が訪ねて来ないのは、てっきり新型コロナウイルスのせいだと思っていたのですが、そんな単価では、誰も来ないわけですね。

 ということで、それなりに元気でやっています。この騒ぎが収まったら、またお会いしたいものです。では、お元気にお過ごしください。


(2)高校の同級生からのメールと返信

 このたびは、秋の叙勲 旭日大綬章ご受章のご栄誉 まことにおめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

 鯱光会会長の内山田さんと同時のご栄誉、素晴らしいことと喜んでいます。旭丘高校20期の誇りです。ますますのご活躍を楽しみにしています。来年、またお目にかかれます時を楽しみにしています。(注)鯱光会(ここうかい)とは、私の出身高校の同窓会


[返信] 暖かいお祝いの言葉をいただいて、本当にありがとうございます。私は、通産省、法制局、最高裁と職場を転々と変わりましたが、今回の受章も、その出発点として、私を育てていただいた旭丘高校の皆様のおかげと、深く感謝申し上げます。

 おっしゃる通り、今回の受章は、鯱光会の内山田会長と同時でして、これも旭丘とのご縁を感じます。来年秋にまた、名古屋でお会いできるよう、期待しております。その節は、どうかよろしくお願いいたします。

(3)昔の仕事仲間からのメールと返信

 今朝の新聞で秋の叙勲発表を拝見しました。最高勲章の受章おめでとうございます。後日落ち着いたところで、式典の様子、感想などを我々の会のメンバーにも聞かせて下さい。

 いずれ勲章もチラリと拝見したいけれども、こちらはリスクを考えると、「オンライン」の方が無難かと思います。宜しくお願いします。

[返信] 暖かいお祝いの言葉をいただいて、ありがとうございます。私は、通産省、法制局、最高裁に勤めてきましたが、今回の受章も、私を育ててくれた皆さんのおかげと、先輩、同期、後輩の皆さんに深く感謝を申し上げます。

 その出発点は、なんといっても一緒に働いたあの課にありましたね。あの時は一緒に連日明け方まで仕事をして大変だったけれど、今から思うと仕事の基礎を学ぶとともに、良い社会勉強でした。改めて、深く感謝申し上げます。

(4)後輩Aさんからのメールと返信

 先輩、大変長らく、ご無沙汰しております。新型コロナウィルス感染症が広がっておりますが、いかがお過ごしでしょうか。今朝、新聞を読みながら、叙勲受賞者名簿を見ていたら、お名前を発見しました!凄い!と思うと同時に、嬉しくなり、長らくご連絡していなかったことを恥じつつも、メールさせていただきました。本当におめでとうございます。

 こちらはといいますと、先月、業務関係の試験がようやく終わり、一息つけるようになりました。民法が試験出題数の2割強を占めていまして、この勉強が個人的には大変でした。

 今、仕事は物流関係の開発を担当しており、現下もそれなりに案件を抱えています。社内でも、今の状況変化を受けにくい、かえって、成長分野だろう、という見方をされています。一方で、在宅勤務率5割の制約があり、通勤がなくなるのは利点と思いつつ、ブレストをするときには、ネット回線の微妙な時間差が気になっています。

 新型コロナウイルスという一つのきっかけが、ここまで劇的に社会の有り様を変化させることを目の当たりにすると、日々の改善とは一体何なのか?と思ってしまわなくもないですが、大きな変化に対応するという楽しみを味わっています。

 つらつらと書いてしまいましたが、この度は本当におめでとうございました!!


[返信1] お祝いの言葉をいただいて、ありがとうございます。お元気にご活躍の様子、何より嬉しいです。その資格があれば、お仕事に大いに役立ちますね。合格をお祈りします。

 今回の受章も、私を育んでいただいた先輩、同期、後輩の皆さんのおかげでして、深く感謝を申し上げます。(以下、上記(1)と同じ。)




 ご返信くださり、ありがとうございました。お元気に過ごされてらっしゃるようで、嬉しいです。そして、ユーモアに溢れた文章に声を出して笑ってしまいました。

 この騒ぎが落ち着いた暁には、是非お目にかかりたいです!その後の、成長(失敗?)談をいろいろ御披露できると思います(笑)。

[返信2] ついでに雑談ですが、新型コロナウイルスで、海外どころか国内ですらどこにも行けなくなり、さらに仕事もiPhoneやiPadでできるというありがたい時代になって、暇を持て余すようになりました。そこで目をつけたのが、テニスです。ドア・ツー・ドアで20分足らずで行ける北千住に室内テニス場があって、新型コロナウイルスのせいでレギュラー会員が大きく減って、ともかく来てくれるだけでもありがたいという状況でした。そこで「たとえ新型コロナウイルスで死んでも、テニスさえしていれば本望」という命知らずたちとプレーをしています。調子に乗って6月以来、もう5ヶ月間もそこで週3回、テニス三昧です。今のところ、新型コロナウイルスに罹った人はいませんね。

 そのおかげで、先月末に健康診断へと行ったところ、メタボリック・シンドロームは完全に解消し、ほとんど全ての数値が基準内に収まるという奇跡が起こりました。これこそ、「禍転じて福となった」と笑っています。

 お久しぶりですので、つい筆が止まらなくなり、また別の話です。実は、先々週、家内が軽い脳梗塞で入院しました。その前から、発熱や咽喉の違和感があり、てっきり風邪だろうと思っていたわけです。ところが、左手に持ったフォークを取り落とした時にこれは病気だと直感して、T病院に行ったところ、やはり一過性の脳梗塞だと判明しました。

 普通なら、一気に症状が現れて半身に麻痺が出るのが脳梗塞だと思っていたのですが、家内の場合はまだ年齢的に若いせいか、脳内の動脈の一部が詰まっても、それを補うように周りから血管が伸びてきて、数日後には症状がなくなり元に戻るというのを繰り返していたようです。

 取り敢えずは点滴療法で症状が消えたのですが、このまま放置しても根治しないので、意を決してバイパス手術をすることになり、先週、無事に終了しました。手術の翌日にはもう電話をかけてくるなど、今のところ、元気にしております。ですが、今回の親授式には間に合わず、私一人の参加となります。

 ということで、こんな調子ではお会いすると止めどもなく話しそうですが、まあ、そのうち、お会いしましょう。お元気で。

(5)後輩Bさんからのメールと返信

 私が申し上げるのも僭越ですが、旭日大綬章ご受章おめでとうございます。

 今朝の新聞で秋の叙勲名簿を見ていましたら、トヨタの内山田さん、仲井真知事、パナの中村さん、というところで、貴殿のお名前を発見しました。ご経歴、ご実績から不思議はないのですが、経産省現役時代に、叙勲の仕切りをやっていました身からいいますと、旭日大綬章ご受章はすごいの一語に尽きます。

 改めまして心からお慶び申し上げます。


[返信] ご丁寧なお祝いのメッセージをいただき、ありがとうございます。私としては、何も知らないまま、最高裁判所が頑張ってくれたようで、図らずも最高の名誉をいただけることになり、関係された皆様には深く感謝しています。

 それにしても、叙勲ビジネスはものすごい勢いですね。既に数日前から、パンフレットや案内が山ほど届いて、やれ記念パーティー、引出物、案内状、お礼状、果ては勲章や勲記を入れる額(最高のもので55万円!)など、呆れ果てています。

 私としては、身分相応に、こうしてメールにご返信するにとどめておこうかと思っております。サラリーマンの癖は、なかなか抜けませんね。それではまた、(ネットになるかもしれませんが)お会いしましょう。

(6)大先輩からのメールと返信

 この度は、旭日大綬章のご受賞おめでとうございます。特に法制局、最高裁におけるご活躍、ご功績から見て当然のご受賞と思います。

 経済産業省の仲間としても誇らしい気持ちで一杯です。お国にため、社会のため、人のために一層のご活躍をお祈りします。

 コロナとインフルエンザに転ばぬようお互いに頑張りましょう。


[返信] 暖かいお祝いの言葉をいただいて、ありがとうございます。私は、通産省、法制局、最高裁と職場を変わりましたが、今回の受章も、私を育てていただいた通産省の皆さんのおかげと、先輩、同期、後輩の皆さんに深く感謝を申し上げます。

 昨今の新型コロナウイルス騒ぎは、全く予想もしないものでしたが、幸い今のところ私の周囲では罹患した人はおらず、このまま何事もなくやり過ごせばと思っております。先輩も、どうか無病息災にお過ごしください。

(7)趣味仲間の先輩からのメールと返信

 旭日大綬章の受賞おめでとうございます。

 最高位の叙勲で、私の知る限りでは通産省OBでは初めてではないでしょうか。大変な方に趣味のお世話をして頂いている訳で、今更ながら恐縮しています。

 健康に留意され、更にご活躍されるよう祈念致します。


[返信] 暖かいお祝いの言葉をいただいて、ありがとうございます。私は、通産省、法制局、最高裁と転々と職場を変えましたが、今回の受章も、私を育ててくれた通産省の皆様のおかげと、先輩、同期、後輩の方々に深く感謝を申し上げます。

 また、旭日大綬章につきましては最高裁判所が頑張ってくれたようで、図らずも最高の名誉をいただけることになり、お世話になった皆様には、ただただ感謝するほかありません。

 昨今は新型コロナウイルス騒ぎもあり、比較的のんびりしていたのですが、親授式がある11日まで少し気忙しくなりそうですけれども、趣味の世界はまた別ですから、どうぞいつでもおっしゃってください。

 いま、それに加えて、家内が軽い脳梗塞で入院し、先週、手術を終えたばかりですが、新型コロナウイルスのせいで、面会させてもらえない状態です。でも、手術の翌日から、携帯電話でやりとりをしていて、安心しています。しかし、11日は、残念ながら、私一人の参加となります。

 それでは、またそれぞれご自慢の作品を作って持ち寄りましょう。ありがとうございました。

(8)趣味仲間の別の先輩からのメールと返信

 2020年秋の叙勲で旭日大綬章を受章され、おめでとうございます。

 奥様が退院回復されて、宮中の親授式に御同行出来るますよう願って居ます。奥様が一番喜んでおられるはずですから。

[返信] 暖かいお言葉、本当にありがとうございます。

 確かに、家内が一番喜んでいるのですが、親授式は11月11日、家内の退院は13日以降となり、残念ながら一緒に参内することはかないません。幸い、家内の手術は、その後、順調に推移しているのが救いです。

 それでは、またそれぞれご自慢の作品を作って持ち寄りましょう。ありがとうございました。

(9)従兄弟からのメールと返信

 旭日大綬章の受章おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

 地元に帰られる時には連絡をお待ちしております。

[返信] 暖かいお言葉、深く感謝申し上げます。あちこちから祝辞をちょうだいしておりますが、親類からのお祝いは、また格別です。帰省した時には、またよろしくお願いします。

(10)妹からのメールと返信

 旭日大綬章、受章おめでとうございます。今朝、新聞で見ました。連絡が遅れてしまってすみません。写真入りで載っていたので、今度の面会日にこの新聞を入院中のママさんに見せにいくわ。11日に天皇陛下から皇居で授与されるんだよね。その時、写真を撮ってスマホに送ってください。ママさんに見せたいです。

[返信] あれあれ、写真付きですか。お母さんにもわかりやすいから、それはありがたい。なお、知事からも祝電が来ました。有難いことです。引き続き、お母さんをよろしくお願いします。


4.胡蝶蘭

 中には、高価な胡蝶蘭(3つの枝に、それぞれ10輪)を送ってくださった先輩がおられた。それも、とある会社のトップを務められている方なのだが、ちゃんと会社名は控えて、お名前だけを記して送って来られた。その豪華な白い優雅な花を、自宅でゆっくり眺めさせていただいているとき、ふと気が付いた。今は家内がいないので、世話をする人がいないではないか。そこで、住んでいるマンションの1階ロビーに置いて、他の居住者にも見ていただくことにした。ただ、「祝叙勲」と書いてあるポップがあるので、これは気恥ずかしいことから、外して置くことにした。


いただいた胡蝶蘭の写真



 また、日比谷花壇から送られてきたこの胡蝶蘭ほど派手ではないが、電報を通じて、薔薇の花を送っていただいた方も多い。たまたま、家内が入院中でもあり、家内の病室に持って行って一緒に祝ってもらうには、ちょうど良かった。とても、有難いことだと感謝している。


いただいた薔薇の写真


いただいたニコライ・バーグマンの写真





5.親授式の当日

(1) 明日はいよいよ親授式という10日の夜、実は珍しく仕事が入って、それがなかなかの難題なものだから、パソコンを前にして、頭をひねっていた。そうしているうちに、いつの間にか午後11時を回っていたので、そういえば、燕尾服を試着していないことに気が付いた。まずは、あの独特のウィング・カラーでイカ胸のシャツを着る。飾りボタン(スタッズ)とカフス・ボタンは、白蝶貝と決まっている。それから、蝶ネクタイだ。これが、少し緩めなので、きつくした。それが内側からフックをかけて着用する。上半身が出来上がったので、ズボンを履き、サスペンダーの強さを調節して、無理なく履いていられるようにした。最後に、チョッキと上着を一度に着た。左胸のポケットに白いハンカチを詰め込んで、完了。鏡の前に立ち、方向を替えながらチェックする。まあ、こんなものだろう。

 それを脱いで、再びパソコンの前で文章作成に呻吟した後、午前0時半を回ったので、寝ることにした。ところが、なかなか寝付けない。あたかも遠足前夜の小学生のような気分で高揚していたせいか、それとも寝る直前まであんな複雑な文章に頭を使っていたせいか、よくわからないが、ここ数年、こういうことは、絶えてなかったことだ。そこで、午前2時頃に床を抜け出して、家事をしたり(家内はたまたま入院中)、iPadで朝刊を読んだりして時間つぶしをし、やっと眠くなったので午前3時頃に寝付いた。それで、午前7時の起床時間を迎えたのである。まだ眠たいので、こういうときの目覚ましの音は、とりわけうるさく感ずる。が、まあ仕方がない。起き出して、しっかりと朝食をとり、それから燕尾服に着替えた。

(2) 迎えの車は、午前8時半の約束で、そのまま床屋に連れて行ってもらい、髪の毛を簡単に整えてもらった後、10時5分までに坂下門から皇居に参入し、宮殿の南車寄せにつけた。

 参入カードを係員に渡し、控室(千鳥・千草の間)に案内される。今回の親授式に臨む大綬章の受章者の中では、中村邦夫さん、仲井真弘多さん、それに私の3人が単身で、他の内山田竹志さん、滝野欣也さん、山崎敏充さんは夫婦同伴である。私も、家内とともに参上したかったが、家内は入院中なので、それは叶わなかった。残念だが、こればかりは仕方がない。控室には、瑞宝大綬章を受ける小宮山宏さん(元東大学長)のほか、外国人のターヘル・マスリー(元ヨルダン首相)とムハンマド・サダさん(カタールの元エネルギー工業相)がおられた。

 控室では、馬蹄形に椅子がしつらえてあり、そこの指定された椅子に座る。日本人の間は、おそらくシニョリティ・システムで、向かって中央左に中村邦夫さん(81歳)、右に仲井真弘多さん(81歳)がおられる。部屋に向かって左手から、ムハンマド・サダさん(59歳)、私(71歳)、滝野欣也さん(73歳)、小宮山宏さん(75歳)、中村邦夫さん(81歳)、仲井真弘多さん(81歳)、内山田竹志さん(74歳)、山崎敏充さん(71歳)、ターヘル・マスリーさん(78歳)という順だった。

 私は、自分の隣にいた外国人がアラブ風のスタイルだったものだから、思わず「あなたはサウジアラビアから来られたのか?」と英語で聞いた。ところが、「いや、私はカタールのエネルギー工業大臣だ」と答えたので、私はしまったと思った。カタールはサウジアラビアの隣国だが、両国は仲が悪いので知られているからだ。気を悪くしなかったことを祈ろう。

(3) やがて、準備が整ったということで、控室(千鳥・千草の間)から宮殿松の間に向かう。途中の渡り廊下から見る緑が美しい。階段を上がると、そこが松の間である。事前にいただいた説明文によれば、「親授式においては、天皇陛下が勲章を親授せられ、次いで内閣総理大臣が勲記を伝達します」とある。

 そして、松の間に全員が入ってから、「リハーサル」となった。まず、担当官が、受章者に扮して、お手本を見せる。廊下から歩いてきて、松の間の方に向き直り、そこから敷居を跨いで入る。その辺りで正面の天皇陛下に一礼をする。そのまま真っ直ぐ15mほど歩いて陛下の2mほど前で止まり、そこで陛下に最敬礼をする。一歩前進し、その位置で陛下から勲章をいただく。一歩下がって最敬礼をした位置に戻り、そこで右前の菅内閣総理大臣の方を向きを変え、一歩進んで勲記を受ける。また一歩下がって最敬礼をした位置に戻り、正面の陛下に再び最敬礼をする。一歩後退して回れ右をし、敷居を跨いだ位置まで戻り、回れ右をして正面の天皇陛下に一礼をする。そのまま回れ右をして敷居を跨ぎ、右方向へ退出する。というわけで、一人一人、これをやってみることになった。私は、もう7番目なので、さすがにそれだけ見ていると、目をつぶってもというと言いすぎかもしれないが、間違いなくできる気がしてくる。そのうち、「ああ、あの方は、あそこでちょっと間違えている」などと思う余裕ができてくる。なお、担当官からは、「中には、陛下の前だと、恐れ多くて下ばかり向いていらっしゃる方もおられますが、陛下は、むしろ『アイ・コンタクト』を好まれますので、どうか、陛下の方をご覧ください」という趣旨の話があった。

 午前10時30分から、いよいよ親授式が始まった。一人一人の名前が呼ばれ、松の間に入り、親授を受けて退出される。我々はその間、廊下に並べられた椅子に座っていて、その様子が見えない。なるほど、これだから全員にリハーサルをさせたのか・・・・やがて、私の本番が来た。

 担当官に名札を渡し、廊下を進み、正面に向き直った。敷居を跨ぎ、一礼した。正面の天皇陛下に向かって真っすぐに進んだ。右手に賞勲局長と内閣総理大臣、左手には宮内庁長官、侍従長がおられる。所定の位置まで進み、天皇陛下に最敬礼して、一歩進んだ。確かにアイ・コンタクトをし、マスク越しだが、お渡しいただく瞬間、にこやかに微笑まれ、小声で「おめでとう」とおっしゃられたのには、心から感激した。私の人生で、最も印象深い瞬間となったのは、間違いない。それから菅義偉内閣総理大臣の方に進んで勲記の筒をいただき、勲章と勲記を持ったまま再び天皇陛下に最敬礼して、手順通りに松の間から退出した。


天皇陛下から手づから旭日大綬章を受ける



(4)控室に戻ると、宮内庁の職員の皆さんが手際よく勲章を付けてくれた。旭日大綬章というのは、リボンに繋がる日章(赤い縁取りの丸いもの)に綬(星形の印)と、その間にある鈕(桐の花葉)からできていて、その赤い縁取りの白いリボン(襷といってもよい)を右肩から左下にかけて身に着け、大きな副章を上着の左下に付ける。なるほど、これは燕尾服にぴったりだ。そのスタイルで、再び宮殿松の間に参上する。時に午前11時過ぎだった。今度は受章者が横一列に並び、配偶者はその後ろにいる。それが終わると、左手の扉が開いて、陛下が入ってこられた。受章者を代表して、中村邦夫受章者が一歩出て、挨拶文を読み上げた。引き続いて天皇陛下がお言葉を述べられ、それが終わると退出された。


私の勲章佩用写真の部分



 それから、宮殿の南玄関を出て、大綬章受賞者全員が一列に並んで椅子に座り、記念写真を撮った。座った順番は、向かって左から、私、滝野欣也さん、小宮山宏さん、仲井真弘多さん、中村邦夫さん、ターヘル・マスリーさん、内山田竹志さん、山崎敏充さん、ムハンマド・サダさんである。日光が真正面から当たって、まぶしくて仕方がなかった。NHKニュースを見ると、私はまぶしさのあまり、ほとんど目をつぶった状態である。


旭日大綬章の受章者の記念撮影



(5)皇居を出て、最高裁判所に向けて車は走る。最高裁判所には正面から入り、車を降りて、歩いて階段を上がる。そこで、記念撮影をした。応接室に案内されて、しばし休み、旭日大綬章を外してもらった。準備ができたというので、そこから祝賀会の会場に向かった。例年であれば、パーティ形式で懐かしいお顔を拝見するところであるが、その日は各小法廷の代表と長官が出席していただくという小ぢんまりとしたものだった。しばし雑談の後、私は、「この受章に当たって、長官をはじめ事務総局の皆さまには大変お世話になり、深く感謝申し上げる」という趣旨の話をした。

(6)それが終わり、私たちは、口々にまた御礼を言って、帰宅の途についた。家でようやく燕尾服を脱ぎ、普段着を着て、またいつもの私に戻った。生涯最良の日であったことは、間違いない。できれば、この晴れ姿を亡き父に見てほしかった。私の受章に関係された皆様方に、改めて感謝する次第である。


いただいた会津塗の箱


いただいた旭日大綬章


いただいた勲記





6.電報等の種類と数

(1) ちなみに、いただいた電報等を整理したところ、次の通りだった。

 @ 電報の種類 うるし鶴の舞小箱、らん七宝+薔薇、祝福松竹梅、鳳凰、鶴と富士、西陣織昇鯉、刺繍美麗、押し花歌集、百花、ハーモニー、カトレアなど(順不同)。中には、一輪の薔薇付きのものも結構あった。実に有難いことだ。
 A 電報の発信者      80人の方々
 B 胡蝶蘭などの花      3人の方々
 C 手紙等の発信者    18人の方々
 D メールの発信者    24人の方々

 これだけの数のお祝いをいただき、心から感謝している。ただ、それだけのものをいただいておきながら、こんなことを言うのも気が引けるが、費用対効果を考えれば、電報よりも手紙の方が安上がりであるし、定型文の電報よりも、心を込めて手紙の文章を書くならそれだけ気持ちが伝わる。そもそも、結婚式などとは違って、叙勲の祝いは何もその日に送る必要はない。私も友人の叙勲に対して電報を送ったが、やはり6000円以上でないと、はっきり言えば、見栄えがしない。だから、送り手が大会社であれば交際費の範囲内で高価な電報があるのはわかるが、個人の友達から高額の電報を送っていただくと、「ああお金を使わせてしまったなあ」と思い、申し訳ない気がするのである。結果的にこの習慣はNTTを儲けさせるだけになってしまっている。そのせいかどうかは知らないが、一部の国会議員の先生は、電報は使わないで、和紙に長い文章を書いた手紙を送って下さっている。

(2) ともかく、返礼の挨拶のために使う封筒と便せんを銀座の鳩居堂へ買いに行った。

大礼和紙の封筒と便せん


 「大礼和紙の封筒を100枚、同じくA4版の便せんを200枚ください」とお願いすると、
 中年女性の店員さんが、「はいはい、こちらです。」と案内してくれた。
 「これは、毛筆でもインクジェット・プリンターでも使えます。それにしても、たくさんご入り用ですね。あるかしら」と言いながら、棚を探してくれて「あっ、ありました。封筒は10枚入りで10束あるから、これでよろしいですね。えーと、便せんは、25枚入り8冊ですね。これは十分あります。」ということで、何とか揃った。

 レジのところで、こんなやりとりがあった。
 「最近、この大礼紙の封筒と便せんをお買い求めになるお客様が多いんですよね。どうしてかしら。」
 「私もそうなのだけど、秋の叙勲で受章した人がお礼状を書くのではないですか。」
 「おや、まあ。それはお目でとうございます。で、どんな勲章なのですか。」
 (ちょうど、手元のiPhoneに綬章したときの写真があったので)「こんな勲章です」と見せる。
 「あら、まあ。これはモーニング姿ですね。」
 「いやいや、モーニングは昼の正礼装なのですが、これは燕尾服という夜の正礼装で、上着の前が短いから、勲章のリボンが右肩から左下にかかっているのがちょうどよく見えるのですよ。」
 「どういうご功績がありましたのかしら。」
 「いやまあ、裁判官などをやっていたからでしょう。」
 「それは、それは、日本のためにご苦労様でした。」
 「ありがとうございます」という会話だったが、そういう私は、ジャンバーに普段履きのズボン姿のごくありきたりのお爺さんだったから、果たして、信じてもらえたかどうか。


7.返礼の挨拶文

 基本的には、次の文章で、【 】内のところで紋切型の挨拶は書かずに、その人との思い出や感謝の言葉、お世話になった内容を入れ、なるべく手厚く書こうとして、実際にやってみたら、一生懸命に連日作業したのに12月9日までかかってしまった。疲れたが、私の気持ちは伝わったと思う。疾風怒濤のような日々が、ようやく終わった。

拝啓  このたびは、私の叙勲に際しまして、ご丁寧なお便りをいただき、誠に有難うございました。

 宮殿松の間で行われた式典におきまして、天皇陛下より手ずから、旭日大綬章を親授された際には、私の脳裡に過去46年間の公務員生活の出来事が一瞬で走馬灯のように去来するとともに、誠に身に余る光栄と、感激を新たにいたしました。

 思えば私は、大学を卒業して憧れていた通産省に入省し、その通産省・経産省には20年間、次いで内閣法制局で20年間一生懸命に仕事をし、最後に自分でも思いがけず最高裁判所に6年余りいて、判決処理に心血を注ぎました。この一連の職業人生の中で、首尾一貫して自分の思い通りに仕事をすることができたのは、実に幸せだったと思います。

 振り返ってみますと、貴殿とは
【 (その方との交流の思い出など)があり、いまなお私の・・・ 】。

 折しも向寒の侯で、しかも新型コロナウイルスがますます猛威をふるう昨今ですが、どうかご健康に留意され、引き続きご活躍されることを心からお祈りしております。

                   敬具








(令和2年11月11日著。12月9日まで随時追加)
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悠々人生エッセイ





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