悠々人生エッセイ



禁葷



 今年の4月7日から5月25日にかけての新型コロナウイルス緊急事態宣言のせいで、「外出は自粛しなければならない。ただ、近所を散歩するぐらいは良い。」となっていたことから、毎朝、自宅から千駄木の須藤公園まで歩いて行くのが、今日この頃の日課となった。これは、緊急事態宣言が終了しても、続いている。その散歩の帰り道に立派な門構えのお宅があり、門の脇にこれまた立派な石碑があって、それに「禁葷」と彫られている。「禁」は容易に読めるのだが、その下の「葷」は、草冠に「軍」の字のようで、どう読むのかわからない。

 とても気になるので、ある日、グーグルで「草冠」+「軍」で検索してみた。すると、あったあった・・・「」は、「くん」と読むらしい。手持ちの大辞林では、「五葷(ごくん)」という使用例があり、「臭気の強い五種の野菜。仏家では大蒜(ニンニク)・小蒜(ヒル)・興渠(ニラ)・慈葱(ネギ)・茖葱(ラッキョウ)の五種、道家では韮(ニラ)・薤(オオニラ)・蒜(ニンニク)・壼V(アブラナ)・胡?(コエンドロ)の五種をいい、これを食べると淫欲・憤怒が起こるとして禁じる。」とのこと。

 ああなるほど、してみるとこれは、「戒壇石」というわけだ。ちなみに、日本大百科全書ではもっと詳しく、「辛味や臭味のある野菜と酒。葷は五葷、五辛(ごしん)ともいい、ニラ、ネギ、ニンニク、ラッキョウ、ショウガの類。その臭気や、それを食べることによって生ずる色欲や怒りの心を避けるため、仏教では食べることが禁じられた。中国、日本では鳥獣魚肉などをも意味する。酒は他を乱し自分の心を見失わせるので、病気などのほかは修行者が飲むことは禁止された。禅院や律院では、山門の前に「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)の石碑(戒壇石、禁牌(きんぱい)石、結界(けっかい)石ともいう)を建てて、僧侶が葷酒を食するのを戒める。」と書かれている。

 よくわかった。でも、「禁葷」とは中途半端な・・・どうも辻褄が合わないなぁ・・・と思った。数ヶ月後、再びそのお宅の前を通った時に、たまたま下草の葉が薄くなっていたので、石碑を改めてよくよく見た。そうしたところ・・・なんとまあ、一番下に「」の文字が葉っぱの陰に隠れていた。つまり、「禁葷酒」だった・・・もう、笑い話だ。

 すると驚いたことに、たまたま、そのお宅から年配の方が出てこられた。ちょうど良かったと思い、厚かましくこの石碑の言われを聞いてみた。すると、「これは比叡山の入り口にある山県有朋の書で『香草や酒を飲食してこの門を入ってはいけない』 という意味ですが、実は私もこの家の主も、お酒は大好きなんです。」とおっしゃるから、失礼ながら、笑いに笑ってしまった。


酒の文字が葉っぱの陰に隠れていた





(令和2年6月16日著)
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