新型コロナウイルス禍で外出自粛が続く中にあっても、散歩はしてよろしいということになっているので、朝な夕なに各1時間ほど歩き回っている。夕方は不忍池や御茶ノ水方面に行くことが多いが、朝は根津神社を通って千駄木の須藤公園に行くのが日課となっている。
根津神社は、毎年4月末には恒例のつつじ祭りで賑わうのだが、残念ながら今年は新型コロナウイルスのために早々にお祭りの中止が決定された。そういうことで、例年なら多くの見物人でごった返す境内も、今年は近所の人以外は訪れる人はほとんどなく、ガランとしている。つつじ園には入ることができないが、それを外から眺めることはできる。そうすると、つつじの花だけは、例年と同じく赤や白や紫、そして時には黄色と、まさに絢爛豪華に咲き誇っているというのに、それを見て愛でてくれる見物人がいないと思うと、いささか悲しくなる。
さて、根津神社の裏手から道を渡り、日医大の病院の脇を通り過ぎて、薮下通り(注)を団子坂方面に向かう。もう少しで森鴎外記念館という所に、高さ2m程の木がある。普段は何の変哲もない木だからそのまま通り過ぎてしまうが、この季節にはあっと驚く花を咲かせる。一言でいえば、まるで赤いブラシそのもの、だから「ブラシの木」と呼ばれる。別名は金宝樹(きんぽうじゅ)と、なかなか立派な名前である。原産地はオーストラリアで、乾燥地を好み、旱魃や山火事があったりしたら、種を一気に四方八方に飛ばして、その地を独占するという戦略の木だという。それをじっくりと写真に撮った後、団子坂通りを渡る。
(注) 藪下通り
道の途中にある文京区教育委員会の説明文によると「本郷台地の上を通る中山道と下の根津谷の道(不忍通り)の中間、つまり本郷台地の中腹に、根津神社裏門から駒込方面へ通ずる古くから自然に出来た脇道である。『藪下道』と呼ばれて親しまれている。むかしは道幅も狭く、両側は笹藪で雪の日には、その重みで垂れ下がった笹に道をふさがれて歩けなかったという。この道は森鴎外の散歩道で、小説の中にも登場してくる。また、多くの文人がこの道を通って森鴎外の観潮楼を訪れた。現在でも、ごく自然に開かれた道のおもかげを残している。」とされている。
そこからわずかに数分の歩きで、道を右に折れると、その突き当たりが須藤公園の入口である。文京区のHPによれば、次のような説明がある。
「須藤家から東京市に寄付された庭園を生かした公園で、高低差のある台地と低地を巧みに生かした公園斜面地には、クスノキなどの大木が豊かな緑をつくりだしています。またその緑を背景として、滝からの水が流れ込む池には藤棚が設けられています。斜面地はササを主体とした植栽となっていますが、野草も生育し、春には可憐な花を咲かせます。
須藤公園は、江戸時代の加賀藩の支藩の大聖寺藩(十万石)の屋敷跡。その後、長州出身の政治家品川弥二郎の邸宅となり、明治22年(1889年)に実業家須藤吉左衛門が買い取りました。昭和8年(1933年)に須藤家が公園用地として東京市に寄付、昭和25年(1950年)に文京区に移管されました。
滝(須藤の滝)は、深山幽谷を流れ下るような高さ約10メートルの滝で、水が落ちる滝音も聞かれ、暑い季節には涼を求めることができます。藤棚には、池の周囲にある藤の木が毎年4月末から5月上旬にかけて香り豊かに花開きます。」。
須藤公園の先程の入口から入ると、そこは崖の上なので、いきなり急な下り階段がある。降りていくと辺りは鬱蒼とした大木が茂り、都会の真ん中なのに、森に迷い込んだような気になっていく。少し降りたところにテラスのような高台があり、ブランコなどの遊具があって、子供たちが遊んでいる。そこから眼下に広がる池を見下ろすことができる。かつては、この位置に藩邸やお屋敷があったのだろうか。その端のところに、辺りを一望できる「あづまや」風の見晴台があり、そこに吹き抜けの屋根とベンチがあるので、先客がいないときには、必ずベンチに座って一服することにしている。私は勝手にこれを「天守閣」と名付けている。というのは、ここにいると領地全体を眺められて、殿様気分が味わえるからである。
眼下の池の真ん中には弁財天のお堂があり、朱色が鮮やかである。そこには、やはり朱色の橋がかかっていて、それを通ってお参りができる。池には、睡蓮の花が咲いていて、その白さが目にしみる。さあ、いつまでも天守閣でのほほんとしているのはやめ、腰を上げて、あの池の周りに降りて行こう。さて、池に着いてみると、その周囲には幼稚園児たちがあちらこちらにいて、親子で池の中に糸を垂らしていると思ったら、ザリガニを釣っている。中には「釣れた、釣れた」と大喜びのお父さん、お母さんがいて、子供そっちのけで、親の方が童心に帰って楽しんでいる。
池の端の藤棚のところまで来た。すると、若い女性が1人、藤棚の脇の柵を使って柔軟体操をしている。それがまあ、半端なものではなくて、片足を柵に引っ掛けたまま、上半身を後ろに反り返らせて、両手が、地面に触れるほどに曲げる。かと思ったら、上半身を真横に曲げて、柵の上に乗せた片足に覆いかぶさるようにするなどと、その身体の柔らかいことといったらない。これは、バレリーナか体操選手か。池では、鳩が水浴びをしていたりして、平和な風景だ。
その脇を通り過ぎて、登り道にさしかかる。まるで、山の中にいて、トレッキングをしているような気分になる。いきなり、私の左をバタバタっと黒いものが飛んでいったと思ったら、カラスだ。目の前にとまって、こちらを見る。カメラを向けても、恐れる様子もない。これだから、カラスはやりにくい。そこから坂をどんどんと上がっていき、先程のあづまやに戻る。周りには、山吹の花、つつじの花、シャガの花が咲き乱れている。子供たちの歓声を聞きながら、我が家に向かって帰途についた。また本日も、無事に過ぎそうだ。新型コロナウイルスの外出自粛の解除まで、あと2週間だ・・・しかし、たとえ解除されたとしても、世の中は一変しているので、以前のようにどんどん人に会いに行って仕事をするというスタイルは、もはや通じないだろうな。
(令和2年 5月17日著)
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