1.皇居北半周(千鳥ヶ淵など)
いよいよ平成最後の桜見の季節になった。まずは牛ヶ淵濠より始まって千鳥ヶ淵濠から、皇居のお濠を北から半蔵門までを半周した。私は、なんと言っても千鳥ヶ淵が日本の「桜の王者」であると思っている。かつて私は、次のように書いたことがある。
「ここは、日本の桜の名所の中でもベストワンではないかと思う。というのは、まず、歩いているところが桜のトンネルのように、頭上とお濠寄り一面に広がる枝に、桜が鈴なりなのである。ここまでは、桜の普通の名所と変わりない。しかし、左手のお濠の方に目をやると、対岸に桜の木があり、しかもその岸全体を覆い尽くすように咲いている。その間の緑色のお濠の水面には、ボートがたくさん出ていてゆっくりと動いている。時々それが桜の花で隠れるが、その桜の木は手前の岸の下の方から出ている。だから、ボートが上も下も桜の花で囲まれているように見える。うわぁ、すごいと思わず声が出る。
引き続き歩いて行くと、やがてボート場とその上の展望台に着く。お濠に少し突き出しているような形なので、見晴しが良い。そこから今来た道の方を振り返ると、お濠の両側からこんもりした桜の花の山が水面に向かって垂れ下がり、その桜のピンク色が、グリーン色の水面と青色の空の色によく映えて、実に美しい。その間にゆっくりと動き回るボートがいかにも春らしい風情を添えている。いやいや、とても良かった。」(2015年)
「(千鳥ヶ淵の)何が美しいのだろうと考えてみると、まずお濠に桜が突出していて、そのピンク色がお濠の薄緑色の水面と非常にマッチしている。それに、お濠の向こう側にも同じように桜が咲いている。加えて、頭の上にもまた、桜が咲いていて、もう頭から目が届く先々に染井吉野の洪水のような桜の花の大群に囲まれるからである。また、ボートが出ていると、それがアクセントになる。加えて、空が青ければ、その補色効果でさらに美しくなる。私はここ千鳥ヶ淵こそが、日本の桜の観光地の王者といっても良いと思っている。・・・とまあ、饒舌はそれくらいにして、ともかく洪水のような染井吉野の桜の花の美を堪能していただこう。もう、言葉や文章では表せないほどの美しさなのである。これがたった1週間で散ってしまうとは、なんともったいないことか・・・いや、だからこそ、美しいのかもしれない。」(2012年)
「この千鳥ヶ淵の桜の何が良いかというと、まずはお濠沿いの道の頭上に染井吉野の並木が立ち並ぶ。ここまではありきたりの風景であるが、それに並行してお濠ギリギリのところにも染井吉野の並木があって、それらの桜がお濠に対してグーンと張り出している。それだけでなく、対岸の皇居側の方にも桜の木があるから、お濠を両岸から桜で覆うようになっていることだ。その桜の雲の下を、のんびりとボートが行き交う。しかもこれらの風景を十分に堪能したところに展望台がある。その真下が貸しボート乗り場というわけだ。そこからたった今歩いて来た方向を振り返ると、まるで四角いキャンバスを2本の対角線で4つに分割したような情景で、上の逆三角形は青い空、下の三角形はグリーン色のお濠の水面、両脇の2つの相対する三角形は桜の雲である。もう、絶景としか言いようがない。これを観て感激しない人はいないだろう。」(2018年)
いずれの年の感想も、私の素直な気持ちである。今年の千鳥ヶ淵も、これ以上の描写と感想と賛辞が書けないほどの、素晴らしい桜だった。平成最後の桜だと思うと、ますます愛おしくなるのは、私だけではないだろう。
皇居北半周の桜(写 真)
2.皇居南半周(大手門など)
家内と二人で、皇居の周りの桜を観てこようとして、自宅から千代田線で大手町駅に行った。大手門に行くと、枝垂れ桜が満開である。ピンク色が強いし、枝の形も美しい。外国人観光客も多い。良い季節に来たものだと思う。しばし桜を愛でたあと、皇居東御苑には入らずに、そこから二重橋方面に向かった。途中、ものすごい人だかりがしていると思ったら、皇居乾通りの一般公開の列だった。それには加わらずに、二重橋(正しくは正門石橋)を眺めて、桜田門を抜け、お濠を時計周りに行くことにした。
道の向こう側だが、法務省のレンガ造りの建物に咲く染井吉野の桜が美しい。そのまま桜田濠に沿って緩いカーブを曲がっていくと、その曲がり角のところに何本かの染井吉野が満開である。黄色い菜の花が少しだけ、可憐で健気に咲いている。
内堀通りを渡って最高裁判所の前に出ると、その敷地に沿って植えられている染井吉野がこれまた満開だ。更に行くと、隣の国立劇場前の桜である小松乙女、駿河桜、仙台屋、神代曙が既に盛りを若干過ぎたものの、それでも最期の頑張りとばかりに咲きほこっていた。これは見事だと思わず見とれていた。
すると、近くに甘いもの処「おかめ」があったのを思い出した。そこで、二人で仲良くこの季節限定の「桜おはぎ」を食べたら、それ以上歩いていく気がどうにも失せてしまって、そのまま半蔵門駅から家路に着いた。実は、更に歩いていくと「千鳥ヶ淵の桜」に出会う。私はこの桜が東京で一番に美しくて見ごたえがあると思うのだが、きょうは花より団子だ。また別の機会に撮ることにしよう。
皇居南半周の桜(写 真)
3.増上寺・不忍池の桜
千鳥ヶ淵と国立劇場前の神代曙は別格としても、去年と同じところの桜を観に行くのもあまり芸のない話だから、どこか他の所の桜にしようと思っていた。今日は午前中が空いていたので、まずは芝の増上寺に行くことにした。桜の季節には、東京タワーの上から増上寺を見下ろすと、あの広い寺域全体が淡いピンク色に包まれる。
増上寺は1393年に創建された浄土宗の大本山の一つで、徳川将軍家の菩提寺であったことから、江戸時代には京都の知恩院と並んで隆盛を誇っていた。ところが明治維新で徳川家は没落した上、明治期に二度の大火に遭い、しかも太平洋戦争の戦災で堂宇は灰燼に帰した。その中で、時間は掛かっているが、大殿、慈雲閣、安国殿などと着実に復興しつつある。
正面の日比谷通りに面したところに三解脱門がある。大きすぎて、いったん道を渡って振り向かないと、全体の写真が撮れない。本日は、御忌大会(浄土宗の元祖法然上人の忌日法要)の日だったらしくて、三門をくぐった参道の両脇には縁日のお店が並んでいた。もう少し待てば、練り行列が見られたのだが、午後からのテニスの予定があって、そうもいかなかった。
境内にはもう少し桜の木があると思っていたが、そうでもない。本日は空が真っ青で、ピンク色の桜の花が非常に目立つ。ところが、大殿の右手背後にそびえる東京タワーがなんとも言えないアクセントになっている。伝統的仏教建築である大殿と、近代的通信設備の対比が、一瞬奇妙な感覚呼び起こす。いや、見れば見るほど、不思議な空間だ。今日は桜を撮りに来たのに、そちらの方に目が奪われた。加えて、水子地蔵だと思うが、増上寺にお地蔵さんが多くあったのは、意外だった。
さて、境内を離れて、東京プリンスホテルとの間の道路を桜並木に沿って歩いて行った。目指すは東京タワーである。歩くにつれて桜並木のあちこちに東京タワーが顔を出す。それを撮るのだけれど、近づくにつれ、タワーが高くなって、ついに見上げると首が痛くなるというところに来たら、もうタワーの足元だった。そこに、鯉のぼりが数多く風に翻っていた。今年で、60周年を迎えるらしい。
神谷町の地下鉄の駅から帰途に着いたのだが、途中、不忍池周辺で桜と野鳥を見たいと思い、湯島駅で降りてみた。すると、弁天堂の周りに桜の花垣ができている。染井吉野である。池の周りにも桜があるが、残念ながら「関山」で、まだつぼみである。私はこの関山という八重桜が大好きで、いつも咲くのを楽しみにしている。というのは、ピンク色が強いし、花が八重なので非常に豪華な印象を与え、しかも長持ちもするからだ。ところが、開花が染井吉野よりも1週間ほど遅い。だから今日は少し早かった。また来週末にでも来てみよう。
もう一つのお目当ての野鳥だが・・・いたいた、白鷺が池の中にいた。これは、コサギである。浅瀬に入って水面をじっくりと眺めている。私もしばらく観察していたが、ついに獲物は獲得できなかった。そうかと思うと、足元に一羽の鳥が飛んできた。雀よりは大きく、鳩よりは小さい。嘴がオレンジ色なのが特徴的だ。野鳥図鑑を見ると、ムクドリだ。集まって暮らす習性があるため、糞汚染や騒音公害で最近、問題になっている鳥である。直ぐに飛んで行ってしまった。
次に、近くの染井吉野の花を見ていると、高いところに1羽の鳥が止まって、桜の花びらをついばみ始めた。動きが早くて、なかなかレンズに収まってくれない。それでもようやく撮って、家に帰って拡大写真を見たら、何のことはない。普通の家雀だった。
増上寺・不忍池の桜(写 真)
4.新宿御苑の夜桜
新宿御苑で初めて、八重桜をライトアップするイベントが開かれるというので、夕食後に、写真を撮りに行った。4月15日(月)、午後7時から9時半までの間である。新宿門から入り、係員の誘導に従って、真っ暗の中を進んで行く。もちろん、電池式の足元ランプが進路の両側に置いてはあるが、それだけで、元々が芝生広場だから上から道筋を照らしてくれる街灯のようなものは一切ない。
そういう中を皆で足元頼りなげにゆっくり進んで行くと、暗い中にぼんやりと、満開の八重桜が浮かぶ。遠くから見ると、いささか寒々しい。ところが、近寄って見ると、真っ白な花弁にピンク色が混じった美しい八重桜だ。これは、新宿御苑の代表的な品種の「一葉(いちよう)」であり、満開の花を大きく広げている。その下に潜り込んで上を見上げると、月が見えたので、不思議な感覚を覚える。また、西の方を見ると、桜越しに代々木のドコモタワーが目に入り、しかも赤青白に彩色されているから、目立ち過ぎるくらいに目立つ。目を周囲に転じれば、ライトアップされた八重桜の中で、ピンク色が一際濃い品種がある。これは私の好きな「関山(かんざん)」である。また、よく見ると薄い緑色の八重桜もあるが、「御衣黄(ぎょいこう)」である。これは、大変に希少な品種とのこと。
広場の向こう側で、食べ物か何かを販売しているようだ。それだけでなくステージを設けてショーをやっていた。これは、観光庁が主催する「公共空間を活用したナイトタイムエコノミーの推進」というイベントだそうだ。このうち、「ナイトタイムエコノミー」とは何かというと、夜遊びで需要を創出するもののようで、後から観光庁のHPを検索したところ、次のような趣旨と内容のものらしい。
「観光庁では、4月14日(日)〜18日(木)の5日間、ナイトタイムエコノミーの推進に向けて、八重桜ライトアップの機会を捉え、桜、食、伝統芸能等をはじめとするエンターテインメントを活用したコンテンツを実施します。
観光庁では、訪日外国人旅行者の地方誘客、消費機会の拡大を図るための取組の一つとして、ナイトタイムエコノミーを推進しているところです。公共空間の夜間開放に関する取組の一環として、新宿御苑における八重桜ライトアップ (主催者:環境省)の機会を捉え、訪日外国人の受入環境整備の更なる満足度向上、消費額向上の観点を加味し、我が国ならではの資源である桜、食、伝統芸能等をはじめとするエンターテインメントを組み合わせた夜間の観光コンテンツを下記のとおり実施します。
(1)キッチンカーを中心とする飲食物の提供
・・・多種多様なジャンルのキッチンカー(海外フード系、イベント屋台定番系、ファストフード系等)
(2)伝統芸能をはじめとするエンターテインメントの提供
・・・能楽師によるステージパフォーマンス、ダンスパフォーマンス等」
訪日外国人観光客が激増する中ではあるが、観光庁がこんなことまでするのかという気もしないではない。まあしかし、話題作りには良いと思う。それで、どんなエンタメかといえば、これが色々とある。書き連ねると、「木場木遣保存会、金春流能楽、折り紙、忍者スタイルのバスケ、トリックスターなどのダンス、マジック、ヴァイオリン忍者」という。特に忍者スタイル以降はどういうものなのか、想像もつかない。でも、一つくらいは見ようと思って、トリックスターのダンスパフォーマンスを見た。
すると、ピカピカと光る和服の袴姿の男達が出てきて、肘のところで腕を曲げたり、体全体をピクピクと動かしたり、後ろを向いていたかと思うと急に能のお面を付けて現れるなど、実に奇想天外な動きで聴衆を魅了する。音楽も、和風で楽しい。しかも大真面目でやっているから、可笑しい。これは、外国人に受けそうだと思った。官製なのに、面白いことを始めたものだ。ちなみに、この催しは、「ナイトタイムエコノミーイベント『ナガッパ』」というそうだ。
最後に八重桜が満開で、枝を大きく広げた「関山」をもう一度よく鑑賞しようとしたら、東の方角に高層マンションらしき高い建物があるのに気がついた。豪華絢爛に輝いているからよく目立つ。あの方向には、億ションの富久クロスコンフォートタワーという55階建てのマンションがあったから、それかもしれない。それと、「関山」を一緒に撮ろうとしたが、夜間のことでもあり、両方に焦点を合わせるのはできず、マンションに焦点を合わせたところ、周りの桜がボケてしまったが、これはこれで、何とか見られる写真になっている。それにしても、桜の花は、このように夜に見るのも幻想的という意味で、一興ではある。しかしながら、やはり晴れた青い空の下で見るのが一番だと思う。
新宿御苑の夜桜(写 真)
5.目黒川の夜桜
エッセイ、写 真 集
6.日立風流物と桜
エッセイ、写 真 集
7.信州高遠城の桜
エッセイ、写 真 集
【余 談】カメラと虫捕り
ところで、こんな調子で私が毎週末にカメラを持って写真を撮りに出かけていると、それを見た同じマンションの奥さんが、私の家内にこう言ったそうだ。
「良いわねぇ。お宅のご主人。いつもカメラを持って颯爽と出かけていらっしゃる。都会的ねぇ。そこへいくと、私の主人ったら、田舎育ちなもんだから、70にもなって未だに補虫網を担いで虫を捕りに行くのよね。家中が変な虫だらけで、もう、嫌になっちゃう。」
虫好きのご主人と、虫嫌いな奥さんという組み合わせらしい。それは、もともと合わないと思うから、どちらかが我慢するしかない。加えて「カメラ=都会的、虫捕り=田舎的」という図式が、どうもこの奥さんの頭にあるようだけれども、必ずしもそうではないと思うので、もう苦笑するしかない。でも、幾つになっても心は少年のように没入できる趣味があることは脳の健康上とっても良いことで、それがカメラだろうが、虫捕りだろうが、何でも構わない。そういう意味ではこのご主人、心身ともに健康的な人だと思うが、いかがだろうか。
(平成31年3月31日〜4月14日著)
(お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |