今年は2月18日(金曜日)が中国のお正月つまり「春節」である。私は、若い頃に東南アジアに駐在したことがあるので、現地の華僑の皆さんの春節の迎え方を見たことがある。その頃になると、民族大移動が起こって、皆、自分の故郷に帰ってしまうから、街中は空っぽになる。さすがに一流ホテルは通常通りの営業をしているが、それ以外の街中の商店、レストランやショッピングセンターなどはほとんどが閉店である。それで、故郷に帰った華僑の人たちはというと、両親、兄弟、親類縁者が集まって、大宴会をして、絆を確かめ合うというのである。大晦日(今年の場合は17日)の夜には、あちらこちらで爆竹を鳴らすものだから、うるさくて寝られないほどだ。
そしてお正月の三が日には、獅子舞が其処此処を駆け巡る。獅子舞といっても、日本のような赤い獅子頭に唐草模様のような無骨なものではない。全体にカラフルで、誠にチャーミングなものである(冒頭の写真)。これが各家や商店を回って、口に咥えたオレンジを、家や店内に放り込む。何をやっているのかと聞くと、「オレンジはお金の象徴で、それを投げ入れている。」のだそうだ。いかにも華僑らしくて、思わず笑ってしまった。
ところで、横浜中華街で春節を祝う行事を行うというので、昔を思い出して懐かしくなり、行ってみることにした。我が家から千代田線に乗り、明治神宮前駅で副都心線に乗り換えたところ、直通運転の特急で、終点の元町・中華街駅まで1時間強で着いてしまった。残念ながら、春節当日は平日だったので、その日に行われた大々的な獅子舞は見られなかった。でもその代わり、18日に「娯楽表演」として獅子舞、舞踊、中国雑技を見物し、【更に祝舞遊行として皇帝衣装隊、龍舞、獅子舞を見物した。(注)この部分は、26日の予定】
1.春節娯楽表演
横濱中華街のHPによると「娯楽表演(ごらくひょうえん)」と銘打ち、中華街内の山下町公園では獅子舞・龍舞・舞踊・中国雑技などの中国伝統芸能を披露します。 名実共に春節の顔となっている勇壮な龍舞や躍動的な獅子舞に加え、優雅で華やかな中国舞踊、息を呑む演技が続く中国雑技など、まさに横浜中華街の『春節』ならではの華やかな雰囲気を味わうことができます。」というわけで、次の演目が掲げられていた。 (1) 横濱中華學院校友會(獅子舞) 、 (2) 神技/張海輪(中国雑技) 、 (3) 東京中国歌舞団(京劇) 、 (4) 横浜中華学校校友会国術団(舞踊・獅子舞)
当日、中華街の関帝廟脇にある山下町公園は狭い。そこに立錐の余地がないほど人がぎっしりといる。これは写真を撮るのは難しいかなと思いつつ、舞台の正面に行くと、何とか撮れそうな位置がある。そこで待つことにした。いよいよ獅子舞が始まった。ダンダンダダダンという威勢の良い太鼓の音とともに、愛嬌のある獅子が動き出した。目は、ギョロ目もあれば、瞼で隠れることもある。それに、舌をベロリと出すことがある。獅子には、2人が入っているようだ。愛らしく頭を左右に振ったり、胴がグーンと長くなったり、金の巻物のようなものを伸び上がって咥えたりして、なかなかの役者である。そうそう、この太鼓のリズムだった、とても懐かしい。
それが終わると、中国雑技の番である。雑技とは、要するにアクロバットのことで、中国には専門の学校があるほどである。この日は、張さんという女性と、同じく張さんという男性が出演する。まずは女性が背の高さ以上の一輪車に乗る。ユラユラと揺れながら、手にチューリップハットのようなものを持って、それを4つも足先に乗せて足を跳ね上げ、頭の上に器用に載せるということをやっていた。次の男性は、中国雑技伝統の椅子の技である。これには、ビックリした。まず背より高い台の上に4本の瓶を置き、その上に4脚の椅子を次々に重ねて載せる。その上に更に椅子を斜めに置き、その高さから、身体を真横に倒立するのである。しかも、片手で・・・よほど腕の力がないと出来ない技だし、一歩間違えれば3階の高さから真っ逆様に落ちる。皆で、大きな拍手を送った。
3番目の出し物は、京劇の触りである。最初のテーマは、確か孫悟空の一場面のようなことを言っていた。男性が1本の剣を持って舞い、途中から童子と闘うというもので、後半は女性が2本の剣を持って舞うという趣向である。物語の筋も知らないし、知っていてもどの場面かもわからないから、ただ、京劇の衣裳と音楽と立ち居振る舞いを見ただけに終わった。そういえば、25年ほど前に、北京で京劇を観に行ったことを思い出した。
最後は、孔雀の舞らしく、スッキリした薄緑の衣裳に身を包んだ若い女性たちが出て来て、中国らしい赤い旗を背景として、優雅に踊る。よく見ると、薄緑の衣裳には孔雀の羽根の模様が描かれている。私がこれを観ると、どうしてもインドの孔雀ダンスを思い出してしまう。インド人は、孔雀をモチーフにした踊りが大好きだからだ。ただ、ここではそれを中国人が演じていて、音楽も典型的な中国の調べである。だから、違和感を感じてしまうのだが、この場でそんなことを思っていたのは、私だけかもしれない。ともあれ、中国かインドかというのは別にして、異国情緒を思い切り味わった1時間だった。
2.祝舞遊行
同じく横濱中華街のHPによると「春節の一大イベントである祝賀パレード『祝舞遊行(しゅくまいゆうこう)』を実施致します。祝舞遊行では華やかな皇帝衣装隊に加え、人気者の獅子や龍が登場します。ダイナミックな演技が続く龍舞や、勇壮な中にも愛らしい表情の獅子舞は来街者のすぐ目の前で行われ、それは中華街の春節でなくては体験できない光景です。華やかな衣装や、目前で繰り広げられる様々な演技、横浜中華街の祝舞遊行を存分にお楽しみ下さい。」というので、行ってみることにした。
祝舞遊行は、24日午後4時から始まるので、その15分前に中華街の山下町公園に行ってみた。ところが、そこがスタート地点ということで、警備があって入れない。どうやら、そこから時計周りに出て行くようだ。そこでコースを逆時計周りに行けるだけ歩いていった。すると、山下町公園とほぼ対角線上にある地点まで行けた。そこから先は、道の両側に見物人がビッシリといて、カメラを構えるどころではなかったから、その辺りが限界だ。ここだとコースの中ほどだから、演技する人たちも疲れていなくてまだ元気だろう。しばらく待っていると、「バババッバン、バババッ」と大きな爆竹の音がして、パレードが近づいて来た。
最初に、「日本横濱中華街将軍會」の横断幕に引き続いて現れたのは、「将軍組」というまるで関帝廟から出てきた閻魔様のような出で立ちの一団である。これは、「ユッケッ」ではないだろうか。明朝末期に広東省で生まれた伝統的な劇で、広東オペラともいわれるものだ。そのおどろおどろしい顔のメイクがすごい。背中に何本かの幟のようなものを指し、足はというと、まるで竹馬に乗っているかの如くである。その姿で見物人に愛嬌を振りまこうというのだから、観ている方も、笑顔がこわばる。子供などは、明らかに怖がっている。あたかも秋田のナマハゲ並みだ。続いて、三保の松原に現れた天女のようなスタイルの、若い女性たちの踊りである。とても、愛らしい。見惚れていると、次にグリーン色の獅子舞がやって来た。それも、肩車をしているから、大きい。瞼が開いたり閉じたりしている。そこに、ババンと爆竹の音と煙が上がる。見物人と獅子が触れ合う。おやおや、その獅子の口に赤い袋の「アンパオ」つまりお年玉を入れる人もいる。
いよいよ「皇帝衣装隊」なるものが来た。「ハマの人力車」なるものに乗って、まあものすごい髭を生やした京劇俳優のような人物が登場した。輿ではなくて人力車というのがミスマッチだが、細かなことは言うまい。和中折衷で、何でも良いのだ。ところでこの皇帝、特に子供に向けて愛想がいい。でも子供の方は、やや敬遠気味である。その出で立ちといい、お供のいない点といい、皇帝というよりは、その辺の館の主人といったところだが、これも白髪三千丈の類いであろう。
「広東獅子園」ということで、また獅子舞が来た。LEDライトで眼が光っているから、怖くもあるが面白い。現代的でもある。目の前で、爆竹がコンロに入れられた。「バババッバン、バババッバン、バババッ、バババッ」と、ひときわ大きな音がして、真っ白な煙が立ち込め、見物人が耳を押さえる。煙が晴れた頃、そのうちの一人(?)の獅子が私の目の前に来て、私の頭をガブリとやってくれた。まるで、日本のお獅子ではないか。後からネットで調べると、中国の獅子舞はそんなことをせずに専らオレンジらしいから、この点も横浜中華街らしい和洋折衷の風景である。
「世界旗袍連合会」ということで、鮮やかなチャイナドレスを着た中年女性たちが、色とりどりの扇子をなびかせながら、目の前を通り過ぎる。どうやら、この辺りの中華街のレストランのマダム達であろう。若い子たちとは違う、落ち着いた雰囲気が心地よい。きっと経済的にも、皆さんはとても裕福なのだろう。それぞれの顔に現れている。
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「楊貴妃壹四参加 中国舞踊スタジオ」とある一団が来た。お揃いの真っ赤な中国服に身を包み、一糸乱れずキビキビと踊っている。踊り手さんが、皆とても美しく見えた。中国情緒を満喫した瞬間である。それから、雲南の小数民族のような衣裳を着たグループが来て、踊りを披露している。中に、若い頃のアグネスチャンさんにそっくりな人がいて、何だかおかしかった。
横濱中華学校の小学生らしき子供達が、龍の踊りを披露してくれた。なかなか上手だ。これを動かしている中華学校の子供達を見ていると、中国人のようなアジア系だけでなく、アフリカ系やインド系もいることがよくわかった。あちらの方から、今度は横濱中華学校の高学年らしき人達の操る獅子舞と龍舞(ドラゴンダンス)がやって来た。龍は、結構大きなものである。先頭の金の玉を龍が追いかけて行くという趣向らしい。もっと言うと、東南アジアで観たドラゴンダンスのオレンジの原点がここにあるのかもしれない。ドンタン、ドンタンという中国風のお囃子が心地よい。それを聞いているうちに、一行は去って行った。所要約1時間の、横浜中華街の皆さんによる、手作り感満載のパレードだった。
(平成30年2月18日・24日著)
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