悠々人生・邯鄲の夢エッセイ



高岡丸の舟遊び




 つくばみらい市高岡にある愛宕神社で、「綱火(つなび)」なる民俗行事があるという。国指定重要無形民俗文化財だそうだ。つくばエクスプレスのみらい平駅から車でなければ行きにくいそうだが、その駅までなら我が家から1時間少しで行けるから、それなら遠くないと思って行ってみた。

綱火の出発点


 現地に着いてみると、高岡愛宕神社は、こじんまりとした我が村の鎮守様という趣きである。枯れ葉が落ちている小石混じりの地面に、我々のようなよそ者の見物客もいないわけではないが、主体は子連れで一家でやって来た地元の人たちで、いずれもビニールシートを敷いて、ご馳走を食べたりビールを飲んだりして談笑している。なかなか良い雰囲気だ。この綱火は、火難除けと家内安全を願って、江戸時代初期から連綿と行われてきたそうだ。なお、つくばみらい市の綱火は、この高岡流のほか、もう一つ小張松下流という小張愛宕神社で行われるものがあり、こちらは戦国時代末期に端を発するそうで、今年は高岡流から数日遅れて行われる予定とのこと。

繰り込み


繰り込み


 花火が上がる。その上がる前に、「誰々さんご奉納」などと紹介がある。長閑かで良い。私が少年時代の田舎の花火大会を思い出して懐かしい。そうこうしているうち、夕陽が沈み、辺りはすっかり暗くなってきた。まず「繰り込み」という行事が始まった。これがまあ驚きで、氏子さんたちが、手に手に筒花火をもって神社の建物に向かって歩いて行き、近づくにつれて、それが一段と燃え盛る。火花が真っ直ぐ飛ぶ花火もあれば、ぐるぐると大きく回る花火もある。火の勢いがすごい。近くの見物客が火傷しないかと心配するほどだ。これは激しい。神社の建物が火に包まれて、まるで燃えんばかりの様相を呈する。大丈夫かなぁと思っているうちに、終わった。氏子さんたちには、これが本番のようで、これから始まる綱火は、余興の楽しみだそうだ。

三番叟


三番叟と花火


花火の色が変わる


 さて、いよいよ綱火が始まる。演目は、三番叟(さんばそう)、高岡丸の舟遊び、浦島竜宮城の3つである。ピーヒョロとお囃子が流れる中、正面の舞台の上から、境内に張り巡らせた綱にぶら下げる形で「操り人形」を出し、それを綱を操って動かす仕組みだ。その人形には花火が仕掛けてあり、それが燃えながら動くし、あるところで、周りに設置してある仕掛け花火がバババッと点火されるという具合である。

 最初の三番叟は、烏帽子に狩衣の三番叟の格好をした1体の人形が、暗闇の中を花火を燃やしながらゆらゆらと進んでいき、途中で脇の仕掛け花火が文字を描くというものである。その文字も、燃えるにつれて色が変わるから、手が込んでいる。続く高岡丸の舟遊びは、舟に何体かの人形が乗って進み、これまた途中でナイヤガラの滝のような仕掛け花火があるというもの。最後の浦島竜宮城は、亀に乗った浦島太郎が竜宮城に向けて進み、竜宮城から乙姫様が出てくるという趣向である。洗練されたものとはお世辞にも言えないが、あくまでも村の鎮守様のこじんまりとしたお祭りでの素朴な出し物といえる。


高岡丸の舟遊び


高岡丸の舟遊び


 それにしても、「この氏子さんたちは、花火を扱うのに慣れている。花火はいずれも手作りだろう。これは、もしかすると、戦国時代の火縄の流れを汲むのかもしれない。今でこそ花火は珍しくも何ともないが、江戸時代や明治期には、これは珍しい催しだったのだろう。」と思ったら、どうもそうらしい。小張松下流の方は、「永禄年間(1558年から1570年)に、小張城主の松下岩見守重綱が戦勝祝いに考案した」とされ、こちらの高岡流の方は、「鎮守の祭の時に大樹から赤と黒の蜘蛛が舞い降り、巣を作る様から村人が創作した」と言われているそうである(いずれも、日本観光振興協会HP)。また別の文献によると、どうやら重綱は、いわゆる火縄使いだったようだ。

亀に乗った浦島太郎が竜宮城に向けて進む


 帰りのタクシーの中で、運転手さんから、「どこから来たの」と聞かれ、「東京ですよ」と答えると、「ええっ! 東京からわざわざ来たの? 地元に住んでいる自分ですら、綱火なんて1回も見たことがないのに」と、驚かれた。私は、そんなに物好きなのか・・・。

 その運転手さんが、問わず語りに話してくれたところによれば、少なくとも小張松下の方では、長男にしか、この行事に参加させないそうだ。たとえ入り婿でも、長男とは言えないから参加させないくらいに厳しいもので、その家に長男が生まれれば、有資格者となるという。そういえば、この高岡流でも、繰り込みの氏子さんも、綱火の使い手も、全て男の人だったなあと思い当たった。男女平等どころか共同参画社会の今時、珍しい伝統が残っているものだと思うが、村落共同体の下に長年成り立ってきた村のしきたりというものは、そう簡単には変えられないのだろう。





(平成28年8月21日著)
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