1.オーストラリアのシドニー
私がまだ旅行したことのない国のうちで、一番行きたかったのは、オーストラリアである。この年末の休みは、そのシドニーへと、撮影旅行に出かけた。もう少し時間があればニュージーランドへも足を伸ばしたかったが、元旦によんどころのない用事があったので、シドニーに行ってそのまま帰ってくることにした。
シドニーの雰囲気は、イギリスの地方都市そのものである。全て英語であることはもちろん、道路はイギリスや日本と同じく車は左側通行だし、大きな通りの名前も、エリザベス通り、カレッジ通り、リバプール通りなどとなっているから、余計にそう思える。オーストラリア人は、話すときは笑顔を絶やさず、ゆっくり話してくるなど、かなりフレンドリーで人懐っこい。
街中を歩いていると、白人より、インド人、中国人などが非常に多い。ここシドニーだけかもしれないが、もはや非白人の方が数で白人を上回っているような気がする。かつて学校で習った「白豪主義」は、1980年代に撤廃されて「多文化主義」に移行したそうだ。それ以来、ベトナム人、中国人、インド人、黒人、マレーシア人などが多く移民してきたという。
シドニーの空は、青くて綺麗だが、日本の秋空のような深みのある青さではない。こちらが、日本と反対側で夏空のせいかもしれない。しかし、それにしても入道雲はなく、色と高さの違う雲が無秩序に空に並んでいるだけである。でも、環境規制が徹底しているせいか、海の水が色も水質も実に綺麗で、空気も澄んでいる。とても過ごしやすい。気温は、真夏だというのに早朝は14度、お昼過ぎても22度くらいしか上がらず、とりわけ早朝は寒かった。
シドニー市内は、坂ばかりだ。街中を歩くなら、かなり登ったり下ったりすることになる。観光スポットは、北のハーバーブリッジからオペラハウスまでと、真ん中の西の水族館と野生動物館、東にある大聖堂、それに南のチャイナタウンに囲まれた地区という、わずか南北3キロ、東西2キロのところに詰まっていて、見物しやすい。市内だけなら、3日で十分に回れる。ところが、郊外のブルーマウンテンまで行こうとすると、電車やバスで片道2時間もかかるので、丸1日を充てないといけない。
まずは早朝、その中心街にあるホテルからタクシーに乗り、ハーバーブリッジを通り過ぎてノース・シドニーまで行き、そこからブリッジの上を歩いて戻ってきた。オペラハウスを撮るには、光の具合からすると、午前中の方が逆光でないから良い。白い雲が浮かぶ青い空、海は深いマリンブルー色のところに、近未来的な独創的な形の白いオペラハウスが浮かぶ。その海にはたくさんの連絡船やらレジャー・ボートが白い航跡を残して行き交うという、天下一品の景色である。オペラ・ハウスの海を隔てた向かいの半島にあるレンガ色の住宅も、海の色に生えて美しい。
おやおや、桟橋には、世界最大級の豪華クルーズ船である「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ号」が停泊中である。なんと大きな船体なのだろう。五つ星ホテルがそのまま海の中を移動しているようなものだ。退職したら、いつかは乗ってみたいと思っている。さて、ハーバーブリッジを渡り終わり、古い建物が並ぶロックス地区を通る。オーストラリア・ホテルという名の、いかにも歴史のありそうな古い建物がある。それを見て、サーキュラー埠頭(キー)を歩いて回り、豪華クルーズ船のボイジャー号の巨大な船体を間近で見上げる。その脇では、大道芸人のエマというお姉さんが、小さな箱に自分の身体を押し込むという技を披露している。それに至るおしゃべりが上手いし、見物人の中から男性2人を選んで手伝わせるなど、なかなか演出が心憎い。見物客には、様々な人種がいる。
そして、6番から2番までの桟橋を通り、オペラハウスまで歩いた。それに、港内クルーズを組み合わせると、丸一日が過ぎる。オペラハウスの印象は、ハーバーブリッジから見るのと、こちら側から見るのとでは、大きく異なり、全く違う建物のようだ。さすがに世界遺産だけのことはある。それにしても、大変な人だかりである。お昼近くになったので、食事をしようとしたら、オーストラリア料理は、ハンバーガーばかりだ。私は、現在、ダイエット中でもあり、これはいただけない。仕方がないので、アジアン・テイストの寿司と飲茶を若干食べることにした。味はさっぱり系で、まずくはないものの、美味しいかと言われれば、そうでもない。しかし、外国での日本食は、こんなものだ。あるだけましと思わないといけない。それにしてもこの旅行中、オーストラリア料理の量の多さには困った。日本で食べるボリュームの5割増しくらいだ。それに、ミネラル・ウォーターのボトルも大きい。日本なら550ミリリットルが標準だけど、こちらはどうやらそれが600ミリリットルだ。
それから、港内クルーズに乗った・・・と思ったら、切符係が左だというのでそれに従ったところ、マンレイに行く違う船に乗ってしまった。実は、右の船だったらしい。ともかく、高速船でシドニー湾を突っ切って港内を見たから、まあ良いかという気になった。どこまでも青い空と、蒼い海、行き交うレジャーボートの白い航跡、海に面して建つ住宅の美しさ、どれをとっても素晴らしい。
2.シドニー水族館・野生動物館
さて次の日は、シドニー水族館(Sydney Sea Life Aquarium)とその隣の野生動物館(Sydney Wild Life Zoo)に行き、シドニータワー(Sydney Tower Eye)に登った。水族館は設備が相当に古くなっていて、この程度の規模なら、こんな展示だろうと思われるものばかりだ。沖縄の美ら海水族館などと比べれば、はるかに見劣りするのは否めない。特に、池袋のサンシャイン水族館のグレート・バリアリーフを上回る熱帯の海の展示を期待して行ったのだけれど、それよりかなり小さい水槽だったし魚種も少なくて、いささかがっかりした。
ただ、恐竜の時代のジュラ紀の海を再現した展示は、真ん中に恐竜の頭蓋骨があったりして、面白かった。水中に設けられたトンネルを歩いていると、ジュゴンがいた。日本だと、鳥羽水族館くらいしかお目にかかることはできない。また、こちらは、ノコギリザメ、ネコザメ、ヨシキリザメ、ホオジロザメなど、サメの本場らしく種類が豊富だ。魚のトンネルの中でぼんやり眺めていると、サメが突然、近づいてきて、しかもターンするときに、目と目が合ったので、ドキリとした。やはり、捕食者の目をしている。
その隣が野生動物館で、入り口で人形のスティーヴ・マックィーンが迎えてくれる。緑の蛇(Green Tree Python)、火食い鳥(Cassowary)、カンガルーやワラビーがいたりして見飽きない。火食い鳥は、七面鳥の親玉のような体の色で、なかなか愛嬌がある。しかし、なんといってもコアラは人気の的で、つぶらな瞳が可愛い。人間でいえば、1歳児のようなものである。観光客は、いくばくかのお金を支払って、抱かせてもらっている。オーストラリアならではの体験である。そういえば、昔、母がこちらに来て、コアラを抱いている写真があった。私が旅行好きなのは、母からの遺伝かもしれない。飼育係のお姉さんが、蛇を体に巻き付けている。観客の男性は皆、敬遠するが、どういうわけか手を挙げて自分で蛇を触りたがるのは女性である。シンガポールの動物園でもそうだったから、日本以外の世界的傾向かもしれない。不思議なことだ。
シドニータワーでは、登る前に4D映画を見せられた。例の色付き眼鏡を掛けるタイプだ。昔、子供を連れて遊園地で見たことがある。そのときはあまり大したことがなかったが、今回は確かに、飛んで来る蝶がすぐ前にいるような感覚を味わった。展望台は、260メートルの上で、高さもちょうどよく、シドニー湾や繁華街、公園内などがよく見える。特に公園は、上から見下ろすと、幾何模様がまるで図面のように見えて面白い。これは、地上を歩いていても、まず気がつかないだろう。それに東京だと、湾の風景が今ひとつだけれど、こちらのシドニー湾の場合は海岸が入り組んでいるので、それだけ美しい。
少し時間があったので、シドニータワーから見下ろしたハイドパークに行った。そして、セントジョーンズ大聖堂を見物した。内部は荘厳なゴシック建築で、ステンドグラスが美しい。大聖堂から出ると、そこで借景をして結婚記念写真を撮っているカップルがいた。もう夕方になった。オーストラリア博物館に立ち寄ったのだけれど、閉館まであと30分しかないと言われて入れなかった。これと、アボリジニ美術館を見学すればよかったと思う。もう少し計画的に行動すればよかった。でも、知らない街で気ままに、あちらを見てキョロキョロ、こちらを見てキョロキョロという旅も楽しいものだ。
タクシーは、欧米の国にしては珍しく、流しである。だから、日本と同じ感覚で手を上げれば止まってくれる。ただ、手を真上に上げるのではなく、真横かちょっと斜め下に上げる(しかも、手首をだらりとして少し上下させる)というのが当地のやり方だそうだ。でないと、誰かと挨拶を交わしていると間違われるらしい。初乗り料金は4豪ドル(約390円)で、大したことはないが、メーターが10セント単位ですごい勢いで上がっていくのにはびっくりする。でも、着いてみると日本並みの料金である。タクシーの乗り方を観察したが、乗客が一人だと、男でも女でも、その半分くらいの人は、後ろの席に座るのではなくて、前の助手席に座るので驚いた。現地の人に言わせれば、相互扶助の精神だそうだ。
ところで、タクシーといえば、空港に向かっているときのことである。黒人の運転手だった。あまり黙っているのもどうかと思って、「あなたは移民なのか」と聞いた。すると、「そうだ。ギニアから来た」という。「なぜ移民になった」と聞くと「ギニアは、本来は貧しくないのに、途中の腐敗で庶民にまで富が回って来ない仕組みで、貧富の差が著しい。こんな国にはおれないと思った」という。「英語は、お上手だけれど、最初からしゃべれたのか」と尋ねると「いやいや、アゴラのカレッジを出たときは少しは自信があったけれど、こちらに来て、人々が何をしゃべっているのかわからず、英語が全然通じないのには驚いた」という。 私が「そうだなぁ、何しろ『I'm going to the hospital today』の最後を「トゥダイ」(To die)(死ぬため)と発音するからね」というと、面白がって笑った。そして「いや、その通りで、慣れない英語の表現を一生懸命に勉強した。生きていくのに必要だからね」という。「どんな仕事をしたの? 最初からタクシー運転手はできないでしょ」と聞いたら「最初は建設作業員から始まって、色々な仕事をして、やっとこの運転手になってからようやく生活が安定した」と答える。「それじゃ、本当に苦労したんだね」というと、感極まったような顔をしていた。これが、移民一世の実情だろう。
食事は、ホテルでの朝食はまあ普通だったが、お昼の観光地のものは、ほとんどがハンバーガーで、これにはげんなりした。そこで夜は上質な食事をしようと、チャイナタウンに行き、中華料理屋を探すことにした。よくわからないから、お客の出入りが多い店が確実だと思い、そういう店の一つ「ペタリン・ストリート」という店に入ってみた。すると、これが正解で、それはそれは美味しかったのに、値段はそこそこである。量は、オーストラリア風で、とても多かった。ちなみに、同名の通りがマレーシアにもあるので、お店の人に聞いてみたら、やはりそこから取った名前とのこと。その帰りにワールドマーケットに立ち寄ってサクランボを買ったが、これまた美味しかった。
3.ブルーマウンテン・フェザーデール野生動物園
シドニーといえば必ず推薦される観光地のブルーマウンテンに行ってみた。ここは、元々は無煙炭の炭鉱で、長年にわたり採掘していたが、近くに露天掘の大炭鉱が発見されたので、廃れたという。行くのに、片道2時間以上かかる。まず、エコーポイントという展望台に行くと、左手にスリーシスターズという3つの岩山が目に入る。正面には下に広がる大地と、そのはるか向こうに霞む平らな山が見える。右手にはテーブルのように突き出す岩山がある。
そこから「スカイウェイ」というロープウェイで「シーニック・ワールド・トップステーション」という駅に渡る。そこから「ケーブルウェイ」で240メートルの谷底に降りる。そして、桟道が設けられているので、それを通って樹海を散歩すると、途中、背の高いシダ植物のような見慣れない植生を多く目にする。シダ植物の親玉のような見慣れない木があって、いささか驚く。岩も、緑の苔に覆われている。かつての炭鉱の跡を見て、さらに行くと、「レールウェイ」という昔、炭鉱の運搬用に使われていたトロッコ電車の発展形がある。つまり、何かというと、部分的に急勾配のレールに対応して乗客を乗せるために、座席の角度をその通るレールの角度に合わせて可変にしてあり、ひどい時は身体が地面に対して直角になったような気がしたほどだ。まるで今時の遊園地の乗り物のようだった。
ところで、そのトップステーションで、オーストラリアの3つのお土産を買った。一つは、蜂蜜である。昔からオーストラリア産は美味しくて有名だそうで、オーガニック(有機)のものもある。蜜を集める花に応じて、色々な種類があるのには驚いた。いずれも試食させていただいたら、味が全く違うのである。
二つ目は、マカダミア・ナッツである。たんぱく質、脂肪、炭水化物の他、ミネラル、ビタミン、食物繊維などを豊富に含む。特に、コレステロール値を下げるとされる「一価不飽和脂肪酸」を含んでいるのが良いという。これは、オーストラリアが原産で、発見者のオーストラリア人ミュラーは、友人マカダムの名前をつけたという。マカダミア・ナッツの現在の主産地はハワイであるが、それは、元々防風林として木そのものを送ったものが、ナッツ生産に転用されたものだそうだ。
三つ目は、ブーメランだ。土産物屋で売っているのは飾りのものが多いが、敢えて実際に飛ぶものを買った。これは、縦に投げると、横になって戻ってくるものらしい。その逆に横に投げてしまうと、縦に回転して戻ってくるから、取りにくいという。初孫くんと、試しに投げてみよう。ただ、これは武器になるので、投げる際には気を付けるようにと言われた。
フェザーデール野生動物園では、オーストラリアの動物を間近に見られて、とても有意義だった。コアラ、カンガルー、エミュ、ウォンバット、火食い鳥、駝鳥、ペンギンと、なかなか見ごたえがある。ケージの中に入れてもらえるのも珍しい。
余談だが、観光スポットでは、説明の案内板が、英語→中国語→日本語→韓国語の順となっている。こちらのチャイナタウンの隆盛を見たり、また中国人移民の多さからして、むべなるかなという気がする。しかし同時に、まるで、世界における日本人のステータスが次第に下がっていくのを現に目にしているようで、いささか悲しい気もする。
4.帰りの機中でジュラシック・パークIV
ともあれ、収穫の多い旅だったと思って、満足して機中の人となった。日航の機内で、たまたまハリウッド映画のジュラシック・パークのシリーズ第4作の「ジュラシック・ワールド」を見た。わずか4ヶ月ほど前に公開されたばかりの映画だ。ところが、そこに出てくる木がやたら背が高いシダ植物だと思ったら、ブルーマウンテン公園で見たものと同じだった。しかも、もっとびっくりしたのは、迫ってくる恐竜の冷たい目が、あの水族館で見たサメと同じだったことだ。
Scenic World Top Station でいただいた絵葉書
Scenic World's Scenic Walkway
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Scenic World's Scenic Railway
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Orphan Rock and Skyway
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The Three Sisters Katoomba NSW
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Katoomba Escarpment Megalong Valley Sunset
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(平成28年12月31日著)
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