私の同世代の友人たちは、そろそろ第二の定年を迎え、文字通り「趣味に生きる」タイプの人が増えてきた。ゴルフやテニスといったアウトドア派もいれば、海外旅行、碁や将棋、俳句、歌舞伎、お酒の会を主催するカルチャー派もいる。暇で良いなと思うが、そこは日本の高度成長期を支えた戦士たちなので、そこまでやらなくとも良いのにと思うほどに、何でも真面目に取り組んでいる。最近の流行についてもアンテナを張り巡らせ、その感度も高い。ある時、カルチャー派の一人が、妙なことを言い出した。「歌舞伎町にロボット・レストランなるものがあるそうだが、行ってみないか。最近の世相探訪だ。ちょうど新宿近辺で次の食事会があるから、その後だと都合が良いだろう。何でも、外国人観光客で大賑わいだそうだ。」それを聞いた我々が思ったのは、ロボットに給仕されるレストランである。何でそんなものが新宿にあるのだろう。「皆で食事の後で、またレストランというのは無駄ではないか。」、「いやいや、お弁当程度しか出ないそうだし、そんなもの注文しなければいいらしい。そもそもこれは、一種のショー、レビューだよ。」との由。訳が分からないまま、その場にいた者がともかく「まあ良い。面白ければそれで結構。任せる。」と言って、衆議一致した。
さて、その集まりの当日、さっさと早目に食事を切り上げた参加者は、歌舞伎町の少々猥雑な通りを歩き、開始時刻30分前にそのレストラン前に立った。非常にどぎついサイケデリック調のペインティングや装飾が施してある。これは、いささか場違いの所に来たかという後悔の気持ちも芽生えたが、確かに周りは外国人観光客ばかりである。ざっと見渡したところ、お客の8割程が外国人観光客だ。カップルが多いが、少し大きな子供連れのファミリーもいる。後からそのうちの一人に聞いたら、「旅行ガイドブックに、日本へ行ったら絶対に行くべきだと書いてあったから来た。」とのこと。ははぁ、事前の噂のとおりだ。料金を支払った後、3階に案内される。待合室は、もう何というかド派手な装飾で、天井にはびっしりとLEDがはめ込んであって目がチカチカする装飾だし、椅子は金ピカだし、周囲の壁はテレビ画面とサイケデリックな絵が描かれている。あまつさえ、設けられている舞台には、仮面ライダーのような衣装のバンドが演奏している。テレビ画面では、喫茶店かレストランのようなテーブルと椅子に腰掛けているお客に、サイボーグ姿のウエイトレスが料理を運んでいるシーンもあった。だからロボット・レストランなのかと思ったが、しかし一方では野外でアマゾネスのような女性群が馬に乗っているシーンもあるという調子で、訳が分からない。
開始時刻近くになると、地下のレストランへと案内されたが、その途中の階段やエレベーターのドアにも、ピカピカの装飾があるから、そんなものに見とれていると、足を踏み外しそうになる。注意しながら階段をやっとのことで降りて、会場に入り指定された席に着く。長四角の暗い空間で、長辺のところに片側3段で段差を付けて観客席があり、それが向かい合っている。席の数は、ざっと数えるとこちら側と向かい側で120から130席はありそうだ。観客席の背中は全てテレビ画面となっていて、舞台に合わせて映像を映し出すから、奥行きを感じさせる。観客席は二人掛けで、大学の大教室によくあるような、ごくごく小さなスペースのステンレス製のテーブルがある。だから、とっても狭い。指定された番号の席に、やっと身を沈めた。観客が何人かそこで窮屈そうにお弁当を食べている。さあ、これから、何が始まるのだろうか。
時間になった。ドドドーンという和太鼓の音が鳴り響く。すると、二階建ての山車の二階部分に、それぞれ白と緋色の連獅子衣装をまとった2名の男性と5名の女性が現れた。もう一台の方は、6名全部が女性だ。いずれもあたかも歌舞伎の隈取りをしたような顔で、赤や白の髪もあれば虹色になっている髪もある。歌声とともに太鼓を激しく打ち鳴らし、眼の前の舞台をゆっくりと行ったり来たりする。山車の一階部分には、大きな顔でやはり歌舞伎風の・・・いや京劇風の隈取りをしたものが二つ、こちらを見ているようにゆっくり廻る。それがカラフルだから非常に目立つ。観客は、皆呆気にとられたように見つめる。ああっ、また別の一人の連獅子がピカピカ光るドラムを叩きながら来る。合計3台になった山車に加えて、龍の舞が出てきた。中国正月に横浜中華街でよく披露される、あれである。持ち手の男性たちは龍の頭と胴体を軽々と上下に動かしながら舞う。龍と山車が相前後するように舞台を往復してひとしきり打ち鳴らした後、舞台の袖へとあっという間に引っ込んで行った。歌舞伎のような中国の京劇のような、はたまた中国正月のような、もう、いったい何なんだこれは・・・そうか、これは考えてはいけないのだろう。ただただ、派手めの演出で観客を喜ばせてくれていると思えばそれでよいのだ。
おやおや今度は暗く蒼く光る中を、法螺貝を吹き鳴らして、武者の亡者の行列のようなものが出てきた。些か気味が悪いと思ったら、それを吹き飛ばすように、明るく光る山車が出現して、踊り子さんたちが陽気に踊り狂う。和服を着て和傘をさした踊り子さんもいるので、和風のテイストも感じられる。いやはや派手だ。その次は、近未来的な演出となる。ゆっくりと前後に動く2匹の大きな馬に跨がり、二人の女性が歌を歌い、その周りをまさにロボットのようなスタイルの踊り子が狂おしく踊り狂う。照明がすごい。数本まとめて並行に走るレーザー光線で、それが踊るロボットに当たるとピカピカ反射して光るから、いかにもそれらしい。あっという間にそれが終わると舞台は一転して、真ん中にボクシングのリングのようなものが作られる。そこで、漫画に出てくるような無骨なロボット戦士が、赤い大きなグローブをはめて闘う。これまた、派手なパフォーマンスだ。観客の一人にも参加させた。その外人女性はロボット戦士をリング際まで追い詰めて、一発で仕留めていた。すごいパワーだ。高々と手を挙げると、観客席はイェーイなどと大騒ぎで興奮の坩堝と化す。なかなか憎い演出である。
その興奮が覚めやらぬうちに、舞台は突然、近未来のような、物語の世界のようなものに変わる。未来から来たという怪物と、森の精のような女性たちが闘うという筋書きらしい。最近のアメリカ映画でアンジェリーナ・ジョリー主演の「マレフィセント」にも同じようなストーリーがあったが、蜘蛛や蛇や鮫の上に乗って女性たちが闘う。途中でパロディーのようなキングコングとモスラを思わせるものが出てきたりした。我々日本人には馴染みがあるが、外国人観光客は、わかったかどうか。あらら、侵略者の戦車が出てきてガトリング砲みたいなものを発射し、蛇と闘って蛇が撃退したようだ。総じてこれは、漫画とコスプレの世界だから、真面目に筋などを追うべきではないのかもしれない。
まだまだ続く。うわっ、今度こそロボットが出てきた。もう、何というのか、上半身だけだが、顔も頭も身体もピカピカと光りまくる赤いロボットの前に二人の女性が乗って、歌を歌っている。かと思うと双頭のロボットが動き回り、緑と赤の光を発して光る腕を動かす。時々聞こえてくる「ボーッ、ボボーッ」という船の汽笛のような音が、いかにも非現実的な不思議な感覚を生じさせる。おやおや、これはいった何といえばよいのか、大きな蛇型のロボットが現れた。口を開けたり閉じたりしながら滑らかな動きで眼の前を通り過ぎたと思ったら、妖しく青く光る輪が連なった胴体がそれに続く。それに合わせれるが如く、どういうわけかアベマリアの歌が歌われ、いやはやもう、もの狂おしく妖しけれという雰囲気とでも表現するほかない。
ああっ、スター・ウオーズに出てくるダースベイダーの手下の兵隊みたいなロボット・・・といってもこれは着ぐるみだと思うが、本物のロボットのように、空間を何本もの平行線で貫くレーザー光線の中をカクカクと動いている。それにしても、ロボットがよく出来ているので感心するばかりだ。でも、更にまた凄い女性型ロボットが出現した。赤茶色やブロンドの髪で、白人女性の上半身を持ち、踊り子さんたちを両腕に絡ませて動いて来る。その迫力に、外国人観光客たちは大騒ぎ。貰った光るペンを振り回して、まるで舞台と一心同体になったかのごとく歓声が上がり続ける。
これで90分間、一人7千円。高いと見るか、安いと見るか。少なくとも外国人観光客には、ロボット、漫画、コスプレ、最新技術と、日本のものを一挙に見られるから、値段相応のショーではなかったかと思う。では、日本人にはどうかというと、ううーん・・・我々のような年寄りが喜んで行くようなところではないのは確かである。でも私にとって特にロボットは、かつて好んで観たアメリカのテレビ番組「スタートレック」に出てくるサイボーグ人間に似ていたので、妙な話だがそれだけで親近感が湧いてきたし、そもそも私はメカ大好き人間なので、見ているとまるで童心に帰ったような思いがした。だから白状すると、結構・・・いやいや・・・とても面白かったとだけ言っておこう。
ロボット・レストラン 2015年(ビデオ)
ロボット・レストラン 2019年(写 真)
(平成27年2月11日著)
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