私は、本郷の大学院でしばらく教えていたことがあるが、そのときに学生だった皆さんが、立派に社会へと巣立って、ときおりメールで近況を知らせる便りをいただくことがある。今朝、そうした教え子さんたちの一人で、ロンドンに留学中の方からメールが入った。これを読んで返信するのは、何よりも楽しい。教師冥利に尽きる瞬間である。
「先生、ご無沙汰しております。イギリス留学中のTです。遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。お忙しくされていることと存じますが、年末年始はご家族で、少しごゆっくりお過ごしになられたでしょうか。
私の方は、クリスマスから年始にかけて、アメリカから友人が遊びに来まして、久しぶりにゆっくり休暇を過ごすことができました。主にはロンドンに滞在していましたが、フランスにも足を伸ばし、初めての美しいパリの町並みと美味しい食事に、感動しきりでした。ロンドン・パリ間はユーロスターで約2時間強と思った以上に気軽に行けるので、また是非訪ねてみたいなと思います。クリスマスには、にわかクリスチャンになってウエストミンスター寺院のミサやクリスマスキャロルのコンサートにも行ってきました。最初はミーハーな気分で参加してしまいましたが、荘厳な雰囲気に圧倒され、西洋において『クリスマス』がいかに重要な宗教的行事なのか、わずかばかりですが触れられたような気がしました。12月25日には空港までの主要な電車も含め公共交通機関は全てストップし、繁華街の店もほぼ全て閉まるという徹底ぶりです。美術館の数々の宗教画や繊細な教会の建築様式なども見るにつけ、ヨーロッパの精神世界を作ってきたキリスト教について、ちょっと勉強してみたくなりました。…仏教や神道も十分理解していませんが…。
大学院の方は、10〜12月の秋学期が終わり、間もなく新たな学期が始まります。1学期を終えてみて、やはり相変わらず言葉の壁に苦労しています。レクチャーの内容は徐々に理解出来るようになってはきたものの(それでも聞き取れない部分もあるのですが)、授業は基本的にディスカッションをベースに進められるところ、ネイティヴの学生が白熱して議論していると、なかなかついていけず悔しく情けない思いをすることが多々ありました。来学期はもう少し成長できるよう頑張りたいと思っています。期末の課題としては6千語のエッセーを提出しましたが、英語の未熟な私にとっては、文献を読むのも、スーパーバイザーの教員と議論するのも、執筆するのも全てが大変で、6千語程度でこんなに苦労していたら2万語の修士論文はいったいどうなることかと今から戦々恐々としています。
とはいえ、渡英してからこの約半年、思えばあっという間にすぎてしまいました。ぼんやりしているとあと1年半もすぐ終わってしまいそうです。もう一度気持ちを新たにして、一日一日を大切に、色々なことを吸収して帰れるように努力したいと思います。
新年早々、お忙しいところ長文のメールを失礼いたしました。今年一年も、先生やご家族にとって素敵な一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。日本も寒さが厳しいようですが、お風邪等召されませんよう、どうぞご自愛くださいませ。
(追伸)添付のファイルは、ウエストミンスター寺院のクリスマス・ミサの様子と、パリの写真です。」
これに対して、私は、こんな返信をした。
「明けまして、おめでとうございます。お元気にしておられるようで、何よりです。
やはり英語で苦労されているようですね。まあ、それが留学とはいえ、もう少しの辛抱です。半年を過ぎれば、だんだん聞き取れるようになると言います。私の場合は、留学ではなくて、いきなり在外での実務で、しかも中国語その他の現地語なまりの英語で仕事しなければならなかったので困りましたが、半年を過ぎたある晩のこと、夢の中で中国語風の英語を話している自分に気がつき、ああやっと慣れたのではないかと思った翌日から、会話が楽になりました。
外国、特にヨーロッパに行くと、ついつい日本との文化的、歴史的な対比をしてしまって、一種の国粋主義者になるか、あるいは西洋崇拝主義者になって帰って来てしまいます。ヨーロッパの歴史と文化は、実に偉大だから、これに直面したアフリカやアメリカの新世界の人たちは、ひとたまりもなく飲み込まれたわけですが、それなりの独自の文化と伝統を持つ日本や中国が生き残った理由でも、あるのでしょう。
時間を見つけては、イギリスなら湖水地方、スコットランド、ウェールズ、フランスならパリの美術館巡り、葡萄農園、ドイツならミュンヘン(市内、ドイツミュージアムなど)、古城巡り、アウグスブルクなどの古代ローマ以来の都市、イタリア、スペインまで、足を運んでみることをお勧めします。私は一度、ロンドン発で2週間のヨーロッパ一周のバスツアーに家族4人で参加したことがあり、安全でかつ効率良く、しかもリーズナブルな値段で回れました。それに、世界中から色々な国の人が来てそのバスに乗っていて、その人たちとの交流も面白かったですね。車を運転されるのであれば、レンタカーで一周できますが、日本のような (地図で示すだけでなく、例えば「あと150メートルで右です」などと喋ってくれるような) 親切なカーナビがないのなら、よほど運転に慣れていない限り、左ハンドルでもあるこもあり、やめておいた方が無難でしょう。まあ、今回乗られたような鉄道や路線バスで旅行という方法もあり、現地で経験者に聞いてみるのも、よろしいかと思います。
前職では、なかなか自由に東京を離れられなかったのですが、現職では、そういう制約がないので、このお正月は、娘一家と沖縄で過ごしてきました。本当に久しぶりの沖縄でして、前回はこの娘が2歳のときに来たので、30数年ぶりに家族で再訪したわけです。レンタカーで一周しました。首里城は建物が再建されて見違えるようになり、空港と首里を結ぶ『ゆいレール』など、色々と観光開発がされていました。特に美ら海水族館は、泳いでいるジンベイザメや熱帯魚たちも生き生きしていて、良かったです。また、東京の気温が昼間でも7〜8度というときに、日中は24〜23度と暖かく、おかげて風邪気味だった家内も、あっという間に治ってしまいました。また、行きたいと思います。
というわけで、今年もよろしくお願いします。引き続き、学業に、旅行に、生活にと、それぞれなりのご苦労や楽しみがあると思いますが、あなたなら大丈夫です。ヨーロッパで長期間過ごすという機会はめったにありません。何でも吸収し、思うところを表現し、また心と体をリフレッシュして、お元気にお過ごし下さい。そのうちまた、近況のご連絡をいただけることを、心から楽しみにしています。(追伸) 私は、ネットにちょっとしたブログ(http://uu-life.com)を作っています。そこでよろしければ、あなたの今回のメールと写真を引用させていただく、お願い申し上げます。」
これに対して、また返信をいただいた。
「先生、お忙しい中ご返信をいただきありがとうございます。先生も素敵な年末年始を過ごされたようで、何よりです!!沖縄は私も大好きな場所です。美ら海水族館も数年前に駆け足で行きましたが、熱帯魚が泳ぎ回る壁一面の美しい水槽は忘れられません。暖かい気候も手伝って、開放的な気分になれますよね。
英語については、私の場合はある程度準備してきたイギリス留学でかなり苦労していますので、もし自分がいきなり中国で仕事という環境に置かれたら…と思うと、当時の先生のご苦労が偲ばれます。英国に来て『半年』までもう少しですので、私も先生のように『英語をぺらぺら話している自分』の夢を見る日を夢見て(?)日々精進したいと思います!
仰る通り、ヨーロッパにいますと、中世からこのような美しい大きな建物を造っていたなんて…など、壮大な歴史と豊かな文化にいちいち圧倒されますが、西洋とは全く違う文化を独自に築いてきた日本や中国は、ヨーロッパ人から見ると魅力的に映るようで、彼らの東洋文化への興味関心に時にこちらが驚くこともあります。先日訪れた大英博物館でもちょうど日本の春画展をやっていて、びっくりしてしまいました。
また、若干ずれた例になってしまいますが、今イギリスでは若者の洋服のブランドで『Super Dry』というものが流行っていて、そこの洋服にはいつも変な日本語がプリントされています。店名も『Super Dry』と並んで『極度乾燥しなさい』という意味不明の日本語?がデカデカと掲げられていて、なんだか不思議な光景なのですが、、漢字や平仮名を理解しないイギリス人にとってみると、その文字の形がデザインとしてクールに見えるようです。>
国粋主義でもなく、西洋崇拝でもなく、日本人としてのアイデンティティーを持ちながら彼らと柔軟に付き合っていけるのが、今またよく言われている『グローバル人材』なのだと思いますし、自分もそのようになれたらと思いますが、なかなか簡単ではないですね。自分の日本文化への理解の不十分さを反省することもしばしばです。
2週間のヨーロッパ一周ツアー、素敵ですね!!ヨーロッパはやはり暖かい季節が一番良いようなので、春休みや、修士論文が終わった夏休みあたりにはまたイギリス内外を旅してみたいと思っています。田舎の両親も、海外旅行とは縁遠い人たちなのですが、娘の私がいるとさすがに関心も湧くようで、夏あたりにはイギリスに来たいといっています。その際には、今まで怠ってきた親孝行でもしたいと思います。
写真やメールは、先生のブログに使っていただけるならむしろ大変光栄です!今後も先生のブログ、拝見させていただきます。きれいな写真もたくさんアップされていて、素敵ですね。六義園や丸の内のイルミネーションなど、懐かしくなりました。また折に触れて、メールで近況のご報告などさせていただきますね。ご多忙のことと存じますが、どうぞお体にお気をつけてお過ごしくださいませ。」
この方は、勤めてからも引き続き大学院で勉強して修了したという頑張り屋さんである。それだけでなく、勤務先でもしばしば明け方になるという過酷な仕事に数年間も耐えて、イギリス留学組に選抜されたという人格・知力・体力のいずれも優れた人で、今後、イギリスでの経験をも加えて、ますますご活躍されんことを心から祈っている。こういう方が国の中枢にいる限り、まだまだ日本は大丈夫だという気がするのである。
(平成26年1月 8日著)
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