この話をする前に、男性用ベルトの留め金とでもいおうか、あの中央にあるバックル(広義)に、3つのタイプがあることについて、説明しておきたい。バックル(広義)には、「ピン」、「バックル(狭義)」それに「トップ」の3つの種類がある。「ピン」というのは、おそらくバックルというものが出来上がった頃からあるのではないかと思うくらいに伝統的なタイプで、バックル(広義)の四角や丸の外周の真ん中にピンが突き出ていて、これをベルトに空けた穴に差し込んで、それでもって留め金の用をなすものである。「バックル(狭義)」というのは、ピンを使わずにバックル(広義)の留め金の裏にベルトを通し、そこで生まれる摩擦の力を使ってベルトを留めるものである。これだと、バックル(広義)を通したベルトの先は、体を一周するベルトの上に出るのが普通である。ベルトにかかる摩擦を利用しているから、ベルトには、穴が開いていないのが特徴となっている。最後の「トップ」とは、バックル(広義)の留め金の先端の裏に、ちょっとした出っ張りのような小さなピンがあって、これをベルトに空けた穴に差し込んで留めるという仕掛けである。
私の小さい頃・・・といっても、半世紀以上も前のことだが・・・ベルトといえば、ピン・タイプしかなかった。よくよく思い出すと、西部劇の時代もベルトといえばこのタイプだった。現にしっかりと留められるのが利点で、いつの時代でも当たり前のようにあるベルトの定番である。しかし、このピン・タイプの大きな欠点は、ピンを外すときにベルトを折るように持ち上げて曲げるから、その曲げを繰り返し行う結果、その部分でベルトが割れて痛んできてしまうことである。せっかく気に入ったベルトでも、その割れのために使えなくなると、悲しい。そういう気分を味わったことは、一度ならずともある。ところが、私が高校生の頃だっただろうか、バックル(狭義)・タイプというものが出てきた。これは、ベルトに穴が開いていないし、外すときにはバックルに通したベルトをちょっと持ち上げだけでよい。そういう意味で、ピンよりはベルトが長持ちする。これは良いと思って使い始めたら、とある部分を不満に思うようになった。それは、バックル(狭義)が分厚いし、バックルを通したベルトが持ち上がるようになってしまうことから、腹廻りが太く見えて、格好良くないのが気に入らないという点だ。
これは、何とかならないものかと思っていたら、就職した頃に理想的なベルトを見つけた。30数年ほど前のことである。それがトップ・タイプのベルトだった。どういうことかというと、これは、バックル(広義)の先端の裏にある小さなピンをベルトの穴に通すだけだから、装着しやすく、かつ外しやすい。しかも、装着時や外す時にいちいちベルトをその部分で折り曲げるようなことは必要ないから、まずもってベルトが痛まないのが良い。加えて、バックル(狭義)のように厚い留め金そのものだけでなく、留め金を通したベルト全体が浮き上がるようにして分厚くならないのも良い。それやこれやで、私はこのピン・タイプをいたく気に入り、それ以来、こればかりを使っている。また、ベルトのメーカーも、このタイプの品ぞろえが豊富で、主なブランドもほぼすべてこのタイプをたくさんそろえていた。
そういうことで、私は、十数年前に日本でダンヒル、数年前に外国でアーノルド・パーマーなどのブランド物のベルトをまとめて買って、そのまま今日までとっかえひっかえしながら、使い続けきたというわけだ。何しろこのタイプのベルトは痛まないから、長く使えるのが特徴だ。しかしそうはいっても、さすがにもう、古くなったから新しく買ってこようと思って、先日、日本橋高島屋に出かけていった。ところがどうだ・・・売り場にあるのは、7割方がピン・タイプばかりで、残りはほとんどがバックル(狭義)タイプではないか・・・トップなど、どこにもない。まるで時間が半世紀ほど巻き戻ったようだ。でも、どうしてこういうことになってしまったのかと思って、売り場の人に聞いてみたところ、「今はほとんどがピンですねぇ」とのこと。トップなんて、ほとんど見たことがないらしい。日本橋三越でも同じことだった。
あれれ、これは困った・・・トップ・タイプは今や絶滅寸前といったところなのか、それは本当なのかと思って、中高年が集まる上野地区で探すことにした。まず、上野松坂屋に行った。売り場のベルトをいろいろと見て歩いたところ、こちらもピンとバックル(狭義)ばかりだ。やっぱりと思いつつ、ふと売り場のワゴンに目をやると、あった・・・トップ・タイプがたった1本だけ(黒)、それも1,000円の投げ売りだ。安いベルトだと、表は牛革なのに裏は合成皮革ということもあるからと思ったら、やはりそうだった。でも、背に腹は代えられないから、とりあえずそれを購入した。ベルトは、後日ピン・タイプを買って、そのベルト本体を切った上で取り換えればよい。しかし、トップはこれ1本なのか・・・本当に他にないのかと思って、iPhoneでネットショップを検索したのだけれど、どうもベルトの種類まで指定できないようで、出てくる写真はピンばかりだ。もうこうなると、さすがのiPhoneも使えない。こういう場合はローテクに限ると思った瞬間、その手の雑貨屋、つまり近くの多慶屋に行ったらどうかと思いついた。まるで、希少な植物を探索するプラント・ハンターのような気分である。
松坂屋から地下道を歩いて多慶屋に到着し、すぐにブランド売り場へと直行した。しかし、ざーっと見渡したところ、ここもほとんどがピン・タイプぱかりだ・・・ううむ、ブランドも転向してしまったかと、まるで裏切られた感がする。ひとつひとつ、じっくり見ていくと、わずかにあったバックル(狭義)タイプのそのまた狭間に、トップ・タイプをやっと数本見つけた。カルバン・クラインで、この1種類しかない貴重なものだ。私は、金色のバックルが好きなのに、これはメタル色だ。趣味が合わないが、贅沢は言っておれない。取り敢えず、これも買うことにした。そういうことで、これでやっと2本だけ、トップを確保した。それにしても、これではまるで、半世紀前の世界ではないか・・・しかし、よくよく考えてみると、流行という時代の流れが、半世紀たってぐるりと回って再び元のところに戻った気がする。誠に妙な経験をした思いである。それとも、単に自分が時代遅れになっただけのことかもしれない。人生60年とは、よくいったものだ。
(平成24年8月24日著)
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