房総半島の真ん中あたりに、マザー牧場という観光牧場がある。はるか昔、我々の子供たちが小さかった頃に、車を運転して行ったことがあるが、東京からだと果てしなく遠かったという記憶がある。今回、もう子供は巣立っていないが、孫がもう少し大きくなったときに、ここに連れて行くのはどうだろうかと思って、その下見のつもりで、3月5日の土曜日に夫婦二人で行ってみることにした。マザー牧場が開設されて、来年は50周年という節目の年だそうだ。 その前に、車内でもらったパンフレットに乗っていたこの牧場名の由来を記しておこう。引用させていただくと「マザー牧場は、産経新聞・東京タワーなどを創業した前田久吉がつくりました。大阪の郊外にあった前田の生家は貧農で、お母さんはいつも口癖のように『家にも牛が一頭いたら、暮らしもずっと楽になるけど・・・』と言っておりました。このことが心の奥深く残っていた前田はこれからの日本にとって畜産振興が必要であることも考え合わせ、牧場作りに心血を注ぎました。そして今は亡きお母さんに捧げる牧場という気持ちを込めてマザー牧場と名付けたのです」 なるほど、色々な施設にはそれぞれのいわれがあるが、母を偲んでマザーと付けたのか・・・これほどわかりやすいものはない。そもそもなぜ房総半島にこんな牧場があるのだろうと、長年にわたり抱いていた疑問が、これで氷解したのである。 ちなみに、岩手県にある小岩井農場は、1891(明治24)年の開設で、共同創始者の小野義真(日本鉄道会社副社長)、岩崎彌之助(三菱社社長)、井上勝(鉄道庁長官)の三名の頭文字をとって「小岩井」と命名され、殖産興業の一翼を担い日本人の体位向上に資するため畜産振興を行うことを目標としたという。こちらの方が時代は古いが、やはり貧しさの中で畜産振興を図らなければならないという気持ちにならざるを得なかった、そんな時代の雰囲気というものがあったのだろうと思う。 それはともかく、たまたま行こうとしていた日には、マザー牧場に行っていちご狩りをするという日帰りの団体列車が運行されることになっていた。そこで、これは都合がよいと思ってそちらを申し込んだ。八王子の方から来る列車で、我々の場合は秋葉原駅で乗ると都合がよい。朝の8時頃に家を出て、8時20分には秋葉原駅に着いてしまった。列車の時刻は8時44分である。この日は、晴れてはいるものの、とても寒い日で、気温は摂氏1〜2度といったところである。しかし、現地に着いてみると房総半島はさすがに暖かくて風もなく、陽の光が当たっていると、体感温度は15度を上回る感じであり、助かった。 秋葉原駅で待っていると、青に黄色の隈取りがされた不思議な雰囲気の列車が入ってきた。ああこれかと、拍子抜けした。乗り込んでみると、お座敷列車にもなる団体用の列車らしい。これでは、妙な気がしたわけだと納得した。この列車の乗客は、小さな子供連れが多く、わあわあ、きゃあきゃあ、いやまあ大騒ぎである。その中でも我々のような壮年カップルは、いささか場違いかなと思っていたところ、4人がけの席で我々の前には、30代のカップルが座ってくれた。やれやれだ。でも、たとえば我々の横の席には、壮年の両親とその娘らしき女性、そして白人の男性1人がそろって4人がけの席に座り、どうもその娘さんと男姓はカップルのようだ。娘さんはなかなか流暢な英語をしゃべり、両親はそれほどうまくはないが、その男性相手にまあ通じる英語をしゃべっている。最近は日本人の結婚の20組に1組は国際結婚だというから、こういうところ国際結婚の実例が見られるのかと思った。 列車は、錦糸町駅を通り、船橋駅を過ぎたところで、車内にアナウンスがあった。この先の五井駅付近で人身事故があり、1時間ほど千葉駅で停車するというのである。大人たちはがっかりしたが、子供たちは何も知らずに元気に車内を走り回っている。そんなわけで、君津駅で列車を降り、そこからバスに乗ってマザー牧場の山の上ゲートに着いたときには、もうお昼頃になってしまっていた。予定では午前11時に現地に着くはずだったので、ちょうど1時間もロスしたことになる。 そこで、羊飼いのお兄さんが登場した。もちろんジーンス姿でラフな上着、そしてテンガロンハットをかぶっていた。体格も良く、なかなか様になっていると感心した。これはニュージーランドかオーストラリアの人かと思ったら、後から室内に入ってきた顔を見ると日本人だった。その人が、二匹の牧羊犬で羊の群れを追わせている。その羊飼いさんの話によると、いずれの犬も、羊に対して吠えるのではなく、目の力つまり眼力で威嚇して、これをコントロールしているというのである。確かに、方向を変えるときに犬は羊に対しては少しも吠えず、睨み合う形で向きを変えさせていた。 劇場内に、そのうちの羊と牧羊犬を連れてきた。うち一頭の牧羊犬を劇場内に走らせて、羊を追うときの実演をしてくれる。そのほか、舞台の上にアルパカ、小型の馬、豚も連れてきた。そして最後には、子供たちを舞台に上げて、これらの動物にさわらせるというサービスの良さである。このあたり、なかなかお客の心理を心得ている。これがこの牧場が半世紀にわたり長続きしてきた秘訣なのかもしれない。 (平成23年3月 5日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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