ああ、やっぱり日本でもついに起こったかという事件である。京都大学や同志社大学の入試のまさに最中に、インターネットの掲示板にその試験問題への解答を募り、その回答をもらってカンニングしたと思われる事件だ。日本以上に受験競争が厳しい韓国では、2004年の大学修学能力試験において、携帯電話を使ったカンニング事件が発覚し、314人が摘発された。そのときは、受験中の優秀な学生が、マークシートの正解の番号を外部にいる後輩に送り、それを同じく受験中の別の学生に送るという仲間内の手口であった。 ところが今回の事例では、考えようによってはもっと大胆なもので、なんとまさに受験しているときにその問題そのものを数回に分けてインターネット掲示板に投稿し、見ず知らずの一般の人から回答を募るというものである。するとご親切な人が数多くいて、8つの質問中2つの質問を除いて他は試験時間内に正解を寄せてくれたというから、驚きだ。これをそのまま記入したのであれば、合格に有利になるのは明らかである。こんなことを許しておけば、真面目に入学試験の準備をしてきた全国の高校生が、馬鹿をみることになる。他に、同志社大学、早稲田大学、それに立教大学でも、同一人物によって同じような不正が行われた疑いがあるようだ。 不正の舞台となったのは、インターネット掲示板「Yahoo! Japan(ヤフージャパン)知恵袋」というもので、会員になって質問を書き込むと、別の会員が回答をしてくれるシステムである。それが問題解決に役に立ったら、「解決済み」マークが出る。あらゆる分野の質問があり、回答がある。かつて私も、パソコンが不調のときにその解決策を検索していたら、たまたまこの知恵袋がヒットした。その回答を見たところ、なかなか役に立ったという記憶がある。回答は玉石混交かもしれないが、文殊の知恵が何百万人集まるようで、役に立つ場合も多いと思う。しかし、こんな風に使われるとは、Yahoo関係者も非常に困惑しているのではないだろうか。 これに対し、まだ試験時間中の午後2時9分44秒、この投稿に対し、別の会員が「ADは∠Aの二等分線なので・・・より、AD=3√10」と解答し、「だと思いますがいかがでしょうか?」と書き込んだ。これに対し、この投稿者はその直後の午後2時12分42秒に「ありがとうございます(^o^)/」と、嬉しそうな絵文字付きで御礼までしていたのには、笑ってしまった。もちろんまだ試験中の出来事である。これを含めて、この数学の試験では合計6回の質問と回答が繰り返された。 本件を報じた2月27日(日曜日)のNHKテレビのニュースのコメントに出演した専門家という大学教授は、「試験中にこれだけの内容を携帯電話に打ち込めないから、たぶん受験中の者が試験問題を写真に撮ってそれを外部で待機していた仲間に送り、そこからYahooに送信したと思うが、それにしても、どうやったら音を立てないで携帯電話の写真を撮れるのだろうか、不思議だ」とコメントしていた。 しかし、今頃そんなことをいうのは、最近の携帯電話事情をまったくといってよいほど知らないことを天下に示しているようなものである。たとえば、iPhone 4Gの「静音シャッターカメラ」というアプリを使えば、それくらいはいとも簡単に出来る。実は私は、寝ている孫の顔でも撮るときに便利かもしれないと、このアプリを3日前に買ったばかりだから、知っている。価格は、たった115円だったと記憶しているが、これを使うと、ほとんど音を立てずに、携帯電話の写真が撮れるのである。ただし、完全に無音には出来ないとされているが、それでも、100段階あるボリュームをわずか2くらいにすることが出来るから、そうやって撮ると、ほとんど音は聴こえない。 そういえば、私が大学受験を控えていた1968年頃、刑務所入試問題漏洩事件というものがあった。入学試験の問題を刑務所で印刷していた時代に、大阪大学医学部の入学試験問題をソフトボールの中に隠して刑務所の外に投げ、それを使ってカンニングさせたというものである。それから約43年が経って、再び独創的なアイデアの下、携帯電話という便利なカンニング道具を使いこなす者が出て来てしまったということになる。高度情報化社会では、新しく出た技術を使いこなして思いがけないことを考え付く人が現れる。それが世の中の役に立つことならよいのだけれど、今回のように入試のカンニングに悪用するという、とんでもないことを考え付く不埒な者が現れる。我々のようなオールド・ジェネレーションに属する人間は、そのたびに技術の中身を追いかけなければならないという、まさに大変な時代になったわけだ。 私が思うに、今回の犯人を突き止めるのは、そう難しいことではあるまい。書き込んだ内容からして、男性らしい。投稿者のIDは「aicezuki」だから、私は「鈴木」という姓ではないかと思う。というのは、誰しもその姓名の一部をハンドルネームにする傾向があるからだ。そして同じ者が各大学の文系学部を受験しているのであるから、その受験者リストを照合して同一人物を捜すのが第一歩となる。そうした上で、その者の試験問題の解答がこのインターネット掲示板の模範回答と同じか似ているものを選ぶ。それと同時に、Yahooと携帯電話会社に協力してもらって、その一連の書き込みのIPアドレスを把握し、そこから携帯電話の契約者を割り出すという方法もある。こうして、大学の試験とYahoo・携帯電話会社の両方向から迫っていけばよい。最後に、本人を逮捕する際にその犯行に使われた携帯電話を押収できれば、満点ということになる。もっとも、八百長騒ぎで提出を渋ったお相撲さんのように、携帯電話を壊したとか、機種変更したということになるかもしれない。ちなみに、罰条としては、刑法第233条(偽計業務妨害罪)が妥当だろう。ただし、大学側の入試業務の遂行が妨害されたことを目に見える形で立証する必要がある。 今回の事件は、たまたま公開のインターネット掲示板を使ったから判明したものだが、これが仲間内のみで行われていたとしたら、そう簡単に露見してしまうとは思えない。そういう意味で、氷山の一角ではないかという気がしてならない。いずれにせよ、日本の大学入試の公正な遂行と信頼性を根底から揺るがす一大事と考えなければならないものと思われる。 (平成23年2月27日著) 【後日談 1】 報道によれば、2月27日、その前日に行われた京都大学の入試においてカンニングが発覚したことを受け、京都大学、同志社大学、早稲田大学及び立教大学は、それぞれ京都府警と警視庁に被害届を提出した。これを受け、偽計業務妨害の容疑で警察の捜査が始まり、Yahooジャパンに端末の接続記録(ログ)の提供を求めたと報じられた。これとともに、大学側では掲示板の知恵袋に寄せられた解答の内容と似た答案用紙がないかどうかの調査が開始された。次いで、このいずれの投稿にも、ドコモの同一の携帯電話が使われたことがわかり、ドコモにも捜査事項照会が行われ、警察がその携帯電話の契約者を特定するに至った。 それによると、携帯電話の契約者は山形県在住の40歳台の女性であり、その息子で仙台市内の河合塾に通ってその学生寮に住んでいる予備校生が使用していたことが判明した。この予備校生は、これら4大学をすべて受験し、うち早稲田大学に合格していた。この予備校生が京都大学を受験したときの答案は、掲示板のYahoo知恵袋に寄せられた解答とほぼ同一だったとのこと。 この予備校生(19歳)は、3月2日より学生寮から外出して連絡がとれなくなり、心配した山形県在住の母親が午前6時頃に仙台に向けて出発した。また、寮関係者から捜索願いが提出された。宮城県警が探したところ、予備校生は、午前11時50分頃に仙台駅近くにいるところを保護され、同日午後、逮捕されて午後7時の飛行機の便で京都へ護送されたとのこと。警察の調べに対し、単独で行ったと供述している模様である。京都大学の試験場での着席場所は教室の前方の隅のところで監督者の目が届きにくい位置だったので、ひとつの携帯電話を使って何回も投稿したという。その方法は、右手で鉛筆を持ちながら、机の下の股の間に携帯電話を隠してこれを左手で操作して投稿したらしい。 この予備校生は、高校時代はバスケット部の部長で、高校3年のときに父親を亡くし、母親と祖父母の下で育って山形県の県立高校を卒業した。その年は、都内の私立大学を受験したが不合格となり、それから仙台に出て予備校で勉強していたらしい。予備校では勉強の成果が上がって校内の模試で5位となったことるあるという。ところが今年の本番の受験では、大学入試センター試験の結果が悪かったので、二次試験を頑張らなければいけないと話していたようだ。父親がいないことを気にしていたのか、朝日新聞によれば、「金銭的に負担はかけられない。今年こそは入りたい」と、大学合格への思いを周囲に語っていた。また、高校時代は、皆と一緒にわいわいと騒ぎ、部活動にも一生懸命だったようで、このカンニングの話を聞いた知人は皆一様に、「驚いている」ということだった。 そうした事情や人柄を聞くほどに、同情したくなるが、その一方、こんなにあっけらかんと大学入試のカンニングがまかり通るというのでは、大学の入試の公平さを大きく損なうだけでなく、青春の長い期間をかけて一所懸命に勉強してきた全国の何十万人もの受験生の努力が水泡に帰してしまうと考える。だから、一罰百戒の対象となるのも、やむを得ないものと思うが、どうだろうか。まだ未成年であるから、少年事件として扱われるので、しっかりと反省し、更正していってほしいものだ。 (平成23年 3月 3日著) 【後日談 2】 あの予備校生への処分はどうなったかと気になっていたが、報道によれば、3月24日に偽計業務妨害の非行事実で京都家裁に送致したそうだ。そのとき、「保護観察が相当」との意見書を付けたとのこと。送致を受けた京都家裁は、予備校生を出身地の山形家裁に移送したという。育った地で、やり直せということだろう。 ちなみに、このカンニング事件を載せた私のブログの記事に対しては、普段の10倍近いアクセスがあって、びっくりしたことをご報告しておこう。それだけ、世間一般の関心が高かったというわけだ。 (平成23年 3月25日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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