悠々人生のエッセイ オーバーブッキング








 小樽から新千歳空港行きのJRの電車に乗り、定刻通りに空港に到着した。そこで、6月27日ANA70便16時30分発羽田行きのチケットを機械に通そうとしたら、カウンターに行ってくれという表示が出た。あれあれと思って、同僚の二人とともに三人でカウンターに行くと、何と「済みませんが、オーバーブッキング状態で、ただいま調整を行っております」という。どこかの格安航空会社ではあるまいし、ANAでそういうことが起こるとは信じがたい。それでどうするのかというと、「ちょっとこちらに来てください」と案内されたのが、空席待ちのところである。ここで少しお待ちをと言った女性は、我々のチケットを持って「調整します」と言って消えてしまった。

 我々は、立たされたまま取り残される格好となった。ところが、出発まであと20分になったというのに、まだ呼ばれない。しりじりとしてそのまま5分待ち、あと15分というのに、まだ何にも起こらない。次の便もその次の便も満席のようだし、帰るのが明日になってしまったらどうしようかと、心の中で焦りに焦る。でも、誰も何も言いに来ない。あの係員の女性も、消えてしまったままである。とうとう、あと10分というところで、我々のうちのひとりがしびれを切らして見に行くと、やっと三人とも席がもらえた。それで、あわてて手荷物検査場に走って行ったのだが、そこは長蛇の列である。係員のお姉さんに頼んで超特急で通らせてもらい、走りに走って機側に着いたのが出発時刻の間際となっていた。それにしても、まったく不案内な空港の中を、発券カウンターからわずか8〜9分で、よく機側まで行けたなぁと、我ながら驚いている。日頃からテニスで鍛えていて、よかった。

 いやはや、それにしても出発直前になって搭乗券を放り出すように渡すだけで案内もしないし何の謝罪もないのはひどいと思いつつ、機体のドアをくぐって自分の席に着いた。しかし、なかなか出発しない。そのうち、年配の男性が若い男性と話をしながら、スチュワーデス(最近は、フライトアテンダント又はキャビンアテンダントというそうだが、私はまだこの呼び名が気に入っている)のところに行き、何やら口論している様子である。しばらくたってアナウンスがあり、「出発が遅れて申し訳ありません。この機には、すべてのお客様が搭乗されましたが、お席の調整が必要となっておりますので、いましばらくお待ちください」という。「あれあれ、また『調整』か・・・意味がよくわからないなぁ・・・英語だと何というのだろう。ひょっとして、我々の『調整』の結果、こうなったのか、それとも我々のほかにも、同じようなオーバーブッキングの憂き目に遭って、こんなことになっている人がいるのか」などと思ったりした。

 だいたい、オーバーブッキングの問題というのは、機の座席数以上に航空券を売るから生じてしまう問題である。たとえば、416席しかないところを、過去の経験とやらで430席も売る。しかしそれだと、計算上は14席も乗れない人が出てくるが、実際にはそれくらいは乗らない人がいるから、大丈夫だろうとタカをくくっているというわけだ。だから、オーバーブッキングを出すということは、元々、販売優先で、お客にとってはせっかくチケットを買って予約しても乗れないことになるという、誠に怪しからぬことなのである。それで、航空会社としてはどうするのかというと、フライト・マネージャーが何とかするものなのである。たとえば、どんな航空機でも、その会社の人や警官が搭乗するときのためなどに、いくつかの空席を持っているはずだから、それをひねり出して来るに違いないと想像しているのだが、これといった確証があるわけではない。しかし他方で、そんなことをすれば、社内規則か航空法令に反するのではないかとも思うのだけれど、今度、機会があれば、航空関係者に聞いてみたいと思っている。

 思えば私は、これまで過去40数年ほどの間に、何百回と飛行機に乗っているが、オーバーブッキングの被害に遭ったのは、これで3回目である。一度目は、20数年ほど前、東南アジアからの帰国の途中である。某国のナショナルフラッグ・キャリアの会社だったが、定刻から少し遅れて行っただけなのに、「オーバーブッキングで、明日の便になります」と言われてしまった。実は、先輩からこの航空会社は要注意で、日本人とみるとおとなしいからオーバーブッキングを押しつけてくると聞いていた。そこで、これかと思い、「マネージャーと話がしたい」と言って、出てきたマネージャーさん相手にこの便に乗られなかったらいかに困ってしまうかを英語で縷々説明したら、しばらくして席を出してくれた。日本で同じことをすれば大人げない振る舞いと思われるかもしれないが、実はそうではない。日本人の中にもたまには自己主張して手強いヤツもいるから簡単にはいかないものだと、相手が学習したはずだから、間違いなく同胞のためにもなったと思っている。

 それで2回目はというと、これが面白い。相手はJALで20年ほど前のこと、これも東南アジアからの帰国便である。チェック・インしようとしたところ、こう言われた。「お客さま、申し訳ないのですが、本日は、オーバーブッキングでして、このお席はご用意できません」ときた。「あらら、またか、それもJALでねぇ」と思ったのだが、それから言われたことが思いがけないことだった。「それで、本日はビジネス・クラスが一席、空いていまして、よろしければそちらに替わっていただければと思います」・・・な、なんだ。要するに、タダでアップグレードしてくれるというわけだ。「よろしくお願いします」と答えると同時に、思わず深々と頭を下げてしまった。さすがにJALだけのことはある。これ以来、路線があればJALばかりに乗っているのから、もう十分に借りを返したと思っている。しかし、こんな悠長なことをしてきたから、最近は、経営の危機に瀕しているのかもしれない。

 しかし、それにしても今回のANAの対応は、いただけない。まるで三流の航空会社並みだと思う。だって、もともと予約客からはすべて料金を徴収しているわけだから、それで本来は十分なはずなのに、さらに席が空いているからといってそれを二重に売ってしかもその失敗を客に押し付けてくるなんて、そんな阿漕な商売はすべきでないと思うのだが、どうだろうか。それとも、JALがあのような会社更生手続中となり、ライバルが自分で躓いて独り勝ち状態になったから、緊張感をなくしてしまったのかもしれない。まあ今回は、団体旅行扱いで行ったので仕方がなかったけれど、個人の場合は、なるべく事前にWebチェックインをして、予め座席を決めておいた方が無難のようである。

 最後になるが、この十数年来、私が第1回目で経験したような誠に不愉快で冷や汗をかくがごとき経験は、もうしなくて済むようになった。というのは、アメリカの航空会社だったと記憶しているけれども、オーバーブッキングとなってしまったようで、なかなか出発しないことがあった。どうなるのかなと様子を見ていたら、機内のアナウンスがあり、「この機は、オーバーブッキングとなってしまいました。そこで、お客様の中で、明日の飛行機にしてよいという方を募ります。その方には、200ドルと一泊のホテル代を出します」ということを言うのである。そうしたところ、あまり日程を気にしないような人たちが何人か手を挙げた。すると、皆がワーッと沸き、一斉に拍手するという場面を目撃したことがある。思わず、笑ってしまった。



【後日談】

 ANAのHPを通じて、新千歳空港でこのような扱いをされたとその状況を説明するメールを送ったところ、次のようなメールが返ってきた。要するに、サバを読んだがちょっと読み間違えたということらしいが、よくあることだからそう騒ぐなとでも言いたげな雰囲気が、そこはかとなく伝わって来ないわけでもない内容である。それならそれで、サバを読み違えた時の対応も、あらかじめしっかりと準備しておくべきではないか。航空会社にとっては、たかがオーバーブッキングかもしれないが、乗客にとっては楽しい旅の思い出が台無しにもなりかねないので、されどオーバーブッキングとして、こだわるのである。

 とりわけ今回の場合は、キャンセル待ちの客とともに長時間立たされていた点、何の見通しも示されなかった点、加えて搭乗券をやっともらったはいいが、出発時刻まであと10分もなくて、しかも手荷物検査場や機体までの案内すらない中でそれらを自分たちでわずか数分の間で走行突破しなければならなかったという点は、まったくもって、もう二度と味わいたくない出来事である。しばらく、ANAについては私の頭の中での要注意会社としておこう。

 もっとも、今となって振り返ってみれば、めったにない経験だった上に、緊急事態における身の処し方の練習にはなった。またそういえば、キャンセル待ちの客と一緒に立たされていたとき、すぐ後ろの売店にちょっと行って、おみやげとして買った「わかさ芋」は、「これは懐かしいわね」と家内の評判がよかったしで、まあ、終わりよければ、すべてよしとでも考えるか・・・。おっと、しばらく外国に行っていない間に、我ながらまた古き良き日本人に戻ったような気がしてきた。

        [ANAからの返信メール]

 平素より弊社便をご利用頂き、誠にありがとうございます。

 この度は、過日6月27日弊社70便をご予約頂いておりましたにも拘らず、搭乗手続き時の座席指定にお時間を要したましたこと、更にはその際の千歳空港係員の対応が至りませず、誠に申し訳なく謹んでお詫び申し上げます。

 早速ではございますが、弊社では、ご予約を頂いた全てのお客様のご搭乗をお待ち致しておりますが、ご予約をお持ちでも空港にお越しにならないお客様も少なからずいらっしゃるのが実状でございます。このような状況下におきまして、路線の座席数、運航便数、過去の搭乗率やその他様々な状況を総合的に勘案し、想定される空席数を算出し、座席数よりも多くのご予約を承ることがございます。

 今般、当該便におきましても座席数より多くのご予約を承っておりましたものの、予想を上回るお客様がお越しになられましたため座席調整が必要となり、お手続きに時間を要した次第でございます。

 今般、余裕を持って千歳空港にお越し頂いていたにも拘わらず、迅速に対応致すことができませず、ご迷惑をお掛け致しましたこと、誠に申し訳なく存じます。また、ご搭乗手続き時の空港係員のご案内も十分なご説明ならびに丁寧かつ配慮ある対応が不足しておりましたこと、重ねましてお詫び申し上げます。

 本事例を反省材料とし、ご予約をお持ちのお客様にご迷惑をお掛けすることがないよう、座席管理部門におきましては、引き続き座席管理に細心の注意を払って参るとともに、空港部門におきましても、正確かつ丁寧な情報のご提供ならびに迅速かつ確実な対応を行うよう、係員の指導に努めて参りますので、何卒ご寛恕賜りますようお願い申し上げます。

 弊社には未だ至らぬ面も多々ございますが、お客様のお声を貴重な糧として学び、今後より一層、お客様の視点に立ち、サービスの向上に努めて参りますので、貴殿におかれましては、変わらぬご愛顧の程お願い申し上げます。





(平成22年6月30日著)
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